京醍醐味噌事件から考える「過大役員報酬」否認の真意~脊髄反射で国を批判する前に、個別の事実をよく見よう
目次
最高裁でも納税者側が敗訴、判決確定
ある食料品メーカーが社長及びその弟に支給をした役員報酬が「過大である」として税務署に否認された事件について、最高裁が国の主張を全面的に認める判決を出しました。
これについて、「国税当局が民間企業の役員報酬の額に口を出すのはけしからん」「税法の規定が曖昧で、後出しジャンケンで課税される納税者がかわいそうだ」といった国への批判が、税理士のような専門家も含めてされています。
しかし、裁判というのは、個別の事情があり、「今回のケースでは」こういう判決になったというものです。
そこで、今回は、法律の解釈レベルで「過大役員報酬の損金不算入」の規定が憲法に照らして違法と言えるのか、事実認定レベルで、今回のケースは、「否認されても仕方がないだろう」というものなのか、事実と意見に分けてまとめてみます。
まずはまとめから
・過大役員報酬の損金不算入は、同族会社では恣意的に役員報酬を決定でき、そこには業務遂行の報酬だけでなく、同族株主としての利益分配の要素が紛れ込むこともある
・配当であれば、法人では損金不算入であるのに対して、利益分配を役員報酬として支給をすれば損金に算入できるのは不公平であり、租税回避の封じ込めにも、この規定は法的に妥当
・適正額が曖昧なのに、後から否認、追徴課税のリスクがあるのは、憲法による「納税者の予測可能性」に懸念があるが、裁判所は、同業他社の支給額から適正額の予測は可能だとしている
・これに対する個人的な意見は、納税者が他社の役員報酬額を知ることは困難であるが、実務上過大役員報酬額での否認実績は僅少であり、度が過ぎれば否認という警告に過ぎないとすれば容認する
・個別の事実としては、売上、利益とも半減する中で、役員報酬総額を8倍に引き上げた合理的な根拠が提示されていない
・特に、弟はこれまで勤務実績がなく、ベトナムへの新規事業準備の段階で月2億5000万円×4という支給は社会通念からは逸脱し、第三者ならば実現しない金額ではないか
・仮に、兄弟が非居住者であれば、多額の株式譲渡益について、非居住者としての課税を受けることによる税負担軽減の疑念があり、個別の事案としては、この判決は妥当と考える
・なお、論点となった適正額の根拠の妥当性については、考えは持ち合わせていない
【事実パート】事件の概要と裁判所の認定
まずは、本事件で何が起き、裁判所がどのような事実認定を下したのかを客観的に整理します。(東京地裁R5.3.23判決より)
1. 巨額の役員報酬と追徴課税の概要
本件は、京都市に本店を置く味噌等の製造・卸・販売を目的とする法人(有限会社・京醍醐味噌)が、平成25年9月期から平成28年9月期の4年間において、社長(甲)やその弟(乙・丙)ら役員3名に対し、計約22億7,800万円の役員報酬を支給した事案です。
これに対し国税当局は、支給額のうち約19億2,700万円分を法人税法上の「不相当に高額な部分」と認定して損金算入を否認し、約3億8,500万円の追徴課税処分を行いました。
2. 本業の業績悪化と多額の特別利益の発生
裁判所の認定事実によれば、同社の本業の業績は芳しいものではありませんでした。
売上高は平成24年9月期の約10億5,800万円をピークに減少を続け、平成28年9月期には約6億5,400万円(ピーク時の約6割)まで落ち込んでいました。
営業利益に関しても、平成25年9月期以降は毎年約2億円の赤字を計上し、平成28年9月期には約15億9,000万円もの巨額の営業赤字となっています。(多額の役員報酬支給後)
一方で、同社は取引先の株式(M社・C社などと表記)を保有しており、その売却したことによる総額30億円以上の投資有価証券売却益(特別利益)を計上していました。
3. 不自然な役員報酬の支給実態
本業が赤字に苦しむ中、役員報酬は急激に跳ね上がりました。
平成24年9月期には合計8,300万円だった役員給与は、平成28年9月期には単年で16億円にまで膨れ上がっています。
特に問題視されたのが、ベトナムでの新規事業を担当する予定だった弟(乙)に対する給与です。
赴任が具体化せず、ベトナム事業からの収益が一切発生していないにもかかわらず、平成27年12月からの4か月間だけで、月額2億5,000万円、合計10億円が支給されていました。
その間、ベトナムに訪問した事実はなく、そのまま退任しています。
なお、このまま、来期も同額の役員報酬を支払うとこの会社は債務超過に転落することが予想されていました。
4. 裁判所の判断(国の勝訴)
納税者側は「自社は企画特化のファブレス事業であり、卸売業としての同業他社比較は不当である」「法人税法上の『不相当に高額』という基準は不明確で違憲である」などと主張し処分取り消しを求めました。
しかし、東京地裁および東京高裁、そして最高裁は以下の理由から納税者の請求を棄却しました。
違憲性なし:
同業類似法人の統計等から適正額の予測は可能であり、課税の公平性を担保する規定として明確かつ適法である。
業種と算定方式の合理性:
反復継続的な商品の仕入れ・販売実態から「卸売業」と認定
売上高を基準とした同業類似法人の抽出(売上高倍半基準)や、法人間の偏差を調整するための「3要素比率方式(類似法人の平均給与に、売上高・改定営業利益・個人換算所得の比率を加重平均する方式)」を用いた国の算定方法は合理的である
不相当に高額であること:
売上総利益がピーク時の半分以下に減少する中で役員給与を大幅に増額し、会社の利益を大きく圧迫しているのは著しく不自然である。
特に赴任の実態がない弟への月額2.5億円(計10億円)の支給は「企業の意思決定としておよそ合理的なものとはいい難い」と断じました
【意見パート】事実を踏まえた法律・実態・背景への考察
ここからは、上記の事実関係を踏まえ、この事件が提起する「法的解釈」「事実認定の妥当性」、そして「背後に隠された租税回避の意図」について、私なりの意見・考察を述べていきます。
1. 法律の解釈レベル:
まず、なぜ、役員報酬が過大だとされると損金不算入になるのか。
もらった役員側では、所得税が課税されているのに、理不尽ではないのかと。
一見そうなのですが、同族会社の場合、役員報酬は社長が自在に決めることができる。
それ自体は問題ないのですが、同業他社などと比べてあまりに高額の報酬を支払う場合、そこには、役員としての業務遂行の報酬だけでなく、同族株主であるがゆえの利益分配も含まれるのではないかという懸念が生じます。
これが、配当として支払うのであれば、もらう個人は課税されるのに、支払う法人側では損金に算入されません。
この二重課税が正しいのかはさておき、だったら、配当ではなく、役員報酬として支払えば、もらった個人での課税は回避できないものの法人での損金算入は可能になります。
そこには不公平が生じ、租税回避の余地があることになる。
この租税回避の封じ込めという役割を考えれば、この「過大役員報酬の損金不算入」という規定自体は、法的には容認されるものだと個人的には考えます。
では、もう一つ憲法が求める「予測可能性」に反するのか?
徴税というのは、刑罰と同様に国民の財産権を侵害するものであり、課税がされるのであれば、その要件が法律で明示されたものであることが、憲法84条でも「租税法律主義」(課税要件明確主義)として求められています。
それに対して、この規定は、「不相当に高額」という曖昧な基準により課税がされるため、いくらまでなら役員報酬を支給しても良いのかが明示されず、いつ追徴課税がされるのか不安を抱えることになるのです。
それに対して、裁判所は、同業類似法人の支給状況などから適正額の予測は可能であるため、規定は具体的かつ客観的であり適法であると判断しました。
これまでの同種の裁判でも、同じような趣旨の判決が繰り返されています。
これについては、納税者側が、売上規模など自社に類似する同業他社を見つけることも難しく、さらにその会社の役員報酬額を調査することなどというのは、極めて困難でしょう。
その点からして、納税者の予測可能性には問題のある規定だと思いますが、実務上、過大役員報酬として損金算入が否認されるケースは少なく、私自身は独立して32年間、税務調査に対峙してきましたが、一度も否認されたことはありません。
その点からすると、個人的には、通常は国が民間企業への役員報酬額の妥当性には口は挟むものではないが、租税回避の意図で度を越した金額の支給をしようとしたらタダでは済まないぞという警告的な規定であるとして、渋々納得はしています。
なお、税務署が提示し、最高裁が妥当とした適正額の計算根拠が、容認されるものなのかについては、その根拠を持ち合わせていないので、意見は控えます。
2. 事実認定の妥当性:
では、この規定の解釈についての判決が正しいのかではなく、個別のケースとして今回のケースが、過大役員報酬として損金算入が否認されたのは妥当なのか。
本業である味噌関連の卸売事業の売上や総利益が激減している中、役員報酬額は8倍(社長は20倍)に増え、売上高6.5億円の会社に対して年間16億円の報酬を支払う。その金額は、類似同業者の107倍の金額である。
しかも、これまで勤務実績のなかった新規事業担当の役員(社長の弟)には、まだ事業が未稼働でベトナムへの赴任すらしていない準備期間中に、月額2億5,000万円(4ヶ月で10億円)を支給する。
これを「卓越したビジネスプランに対する適正な職務対価だ」と言われてもどうなのでしょう。
企業が保有していた株式の売却によって30億円の特別利益(キャピタルゲイン)が発生したことは事実ですが、それが、これから赴任をする役員の功績によるものだというのも無理がある。
売上も売上総利益も半減する中で、役員報酬額を8倍も引き上げた合理的な説明はなされていないと個人的には考えます。
ここからは、私のうがった見方です。
今回の事案は、本業は低迷していたが、多額の株式売却益が生じた。このまま法人の所得としては、多額の法人税が課税される。
裁判資料等によれば、報酬を受け取っていた社長や弟は、香港などに居住しており、Xでも御本人が「長年にわたって海外に居住している」ことを明かしていることから、日本の所得税法上の「非居住者」であった可能性が高いと推測され、その株式の譲渡益を減額するために、非居住者であるオーナー一族に社会通念を逸脱した金額の役員報酬を支払い、トータルの税負担軽減を図ったのではと税務署が強い疑念も持ったのではないかと推察されるということです。
脊髄反射せずに個別の事実も踏まえて判決の意味を考えよう
租税回避の意図があったのかは、全くわかりませんが、個別の事実をよく見てみると、国も面倒であまり立ち入りたがらない適正役員報酬額の算定まであえて踏み込んだワケや最高裁まで3回の判決が納税者の主張を棄却していることも個人的には納得できるものです。
少なくとも私なら税務調査で勝てる気がしないですし、そもそも申告書へのサインを断りますよ。
「国が勝手に後から役員報酬が高すぎると多額の追徴課税をした」「国は民間のビジネスモデルなどわからないのに口を挟むな」と脊髄反射する前に、それぞれの個別の事実についてもよく検証した上で判決の妥当性を考えるようにしたいものですね。
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