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2023年10月より消費税にインボイス制度が導入されます。
このインボイス制度とは消費税の納税額の計算上控除できる消費税額について、一定の要件を満たすインボイスに記載された税率・税額によるものとされるルールです。
このインボイスを発行するには、税務署に登録をして「適格請求書発行事業者」(以下「適格事業者」)になる必要があるのですが、消費税の納税義務のない「免税事業者」はこの適格事業者になることができません。
つまり、インボイスを発行することができないため、買い手は免税事業者からの仕入れについては消費税の控除ができなくなるということです。
同じ金額の支払いを免税事業者にするということは、課税事業者である買い手側の消費税の納税額が増えるということであり、そうなるとわざわざ免税事業者に依頼する買い手もいないということになります。
このように免税事業者が取引から排除されないよう、インボイス制度導入から一定の期間は、免税事業者からの仕入れについてもその消費税相当額に一定割合を掛けた金額だけ消費税の控除を認める「経過措置」が設けられています。
一方で、免税事業者も課税事業者になることを選択して適格事業者に登録をすれば、従来どおり売上に伴う消費税を上乗せしての請求も可能です。
では、この経過措置の期間について、免税事業者は、課税事業者になって消費税の納税をするのと、経過措置でも控除できない分の値下げに応じるのとではどちらが良いのでしょうか?
そこで、今回は、経過措置期間中の免税事業者の対応についてまとめてみようと思います。
免税事業者であっても、消費税の納税義務のある課税事業者を選択することは可能です。
課税事業者になれば、インボイスの発行できる適格事業者の登録は可能となるため、従来どおり売上に伴い消費税の上乗せをした請求が可能となります。
一方で、適格事業者となると売り手としては「買い手の求めに応じてインボイスを発行すること」「そのインボイスの控えを一定期間保存すること」が、買い手としては「消費税の控除(仕入税額控除)のためには、インボイスを一定期間保存すること」が義務として課せられます。
売り手の義務としてインボイスを発行するといっても、今までの請求書や領収証の他に「インボイス」という新たな帳票を別途発行しなくてはならないわけではありません。
今まで発行していた請求書や領収証に「インボイス」の必須事項の記載を追加すれば良いのですが、今までまともな請求書、領収証を発行していたのであれば、それに「消費税率・消費税額」と適格事業者の「登録番号」を追加するだけです。
Excelで作成していたのであれば、フォーマットをちょっと修正するだけですし、手書きで作成していたとしても、それらを手書きやゴム印で追加するだけなので、小規模な事業者ほど、事務負担はそれほど増えません。
もちろん、課税事業者になれば、免税事業者であれば不要であった、消費税の申告納税の義務が生じます。
買い手としての「インボイスの保存」は結構面倒です。というのも保存だけでなく、その相手が免税事業者なのか課税事業者なのかにより別途集計が必要である上、消費税の申告書の記載は煩雑で、これまで消費税の申告をしてこなかった免税事業者の負担は大きいと言わざるを得ません。
しかし、基準期間(原則として消費税を計算する「課税期間」の前前期)の課税売上高が5,000万円以下の事業者については、簡易課税という制度が利用可能です。
消費税の納付額の計算では、売上に伴い受け取った消費税(売上消費税)から仕入れ等に伴い支払った消費税(仕入消費税)を控除(仕入税額控除)するのですが、簡易課税を選択すると集計が面倒な仕入消費税については、業種ごとに定められた「みなし仕入率」というものを売上消費税にかけた金額の仕入税額控除が可能になるのです。
区分 | 業種 | みなし仕入率 |
第一種 | 卸売業 | 90% |
第二種 | 小売業 | 80% |
第三種 | 製造業、建設業 | 70% |
第四種 | その他飲食業など | 60% |
第五種 | サービス業 | 50% |
第六種 | 不動産業 | 40% |
このみなし仕入率は、かなり”甘め”に設定をされており、特に経費の少ない小規模な事業者では実際の仕入れに伴う仕入税額控除よりもみなし仕入率による仕入税額控除のほうが金額が大きくなる。つまり、簡易課税を選択することで消費税の納税額を減らす余地が大きいのです。
その上、インボイス制度になっても、仕入税額控除の額は概算でいいというのであれば、インボイスの保存は不要ということになるのです。
消費税の申告については、この簡易課税を選択すれば売上高を集計さえすればよいのですから、今まで消費税の申告をしてこなかった事業者であっても、消費税の申告書の作成は十分可能です。
要するに、免税事業者が適格事業者になったとしても、簡易課税を選択すれば、事務負担の増加はほとんどないということです。
免税事業者からの仕入れ等について消費税の控除が一切できなくなるのであれば、課税事業者との取引にシフトをするという買い手も多数存在することでしょう。
そうなると、免税事業者は取引そのものから排除されてしまう恐れもあるため、インボイス制度が導入されてからも一定期間についてはその消費税相当額について、一定割合の控除を認めることになっています。
具体的には、インボイス制度導入当初3年間は消費税相当額の80%が、その次の3年間は消費税相当額の50%が控除可能であるということです。
仕入税額控除可能部分 | 仕入税額控除不可部分 | |
2023.10.1-2026.9.30 | 80% | 20% |
2026.10.1-2029.9.30 | 50% | 50% |
2029.10.1- | 0% | 100% |
言い換えれば、免税事業者からの仕入れに伴う消費税額は、インボイス制度導入から3年間はその20%が、その次の3年間はその50%が、それ以降はその100%が控除不可にと、徐々に控除ができなくなるようにしたということです。
これにより、買い手の課税事業者は「まあ、当初は消費税の20%くらいの負担増だったら、このまま免税事業者との取引を継続してもいい」あるいは「控除できない20%だけ値下げをしてくれれば免税事業者との取引を継続してもいい」と考えてくれることを期待しているのです。
インボイス制度になったからと言って、免税事業者のすべてが影響を受けるわけではありません。
アパート大家さんのように100%非課税の売上しかないのであれば、そもそも消費税を受け取っていないので影響はありません。
学習塾など相手先が100%消費者であれば、インボイスを求めないので、わざわざ適格事業者になる必要もありません。
それに、取引の条件は、売り手と買い手のパワーバランスにより決まります。売り手の方が立場が強い場合には、買い手の方でインボイスの負担増に応じてくれることもあるでしょう。
しかし、それ以外の免税事業者は、消費税相当額の値下げに応じるくらいなら、適格事業者になって簡易課税を選択するほうが金銭的なダメージは少ないことがほとんどです。事務負担も簡易課税であればまず増えません。
例えば、フリーランスのデザイナーなどサービス業(第5種)の事業者で、課税売上550万円(税込)だとすれば、免税事業者のまま消費税分の値下げ要請に応じると50万円(550万円÷1.1×0.1)の手取り減少ですが、適格事業者+簡易課税であれば25万円(50万円×50%)の納税で済むことになるのです。
ですが、経過措置の期間中であれば、買い手は、控除不可になる部分だけ値下げに応じてくれることで、負担が増えるわけではないので、免税事業者であっても取引継続に応じてくれるケースもあるでしょう。
80%の経過措置期間であれば、控除対象外となる消費税相当額の20%部分だけ値下げに応じることでよい。同じフリーランスのデザイナーの場合、10万円(50万円×0.2)だけ手取りが減少することになります。
そうであれば、80%経過措置の期間については、わざわざ適格事業者+簡易課税を選択するよりも、免税事業者のまま控除対象外となる部分だけ値下げに応じたほうが負担は小さくて済むということです。
しかし、これは売り手の免税事業者の視点です。
買い手の課税事業者からすると、免税事業者との取引が少しでも「混じる」ことは、経理処理の煩雑さをもたらすのです。
その免税事業者のためだけに、別の処理を要求されるわけですから。経理処理の自動化の妨げにもなります。
既存の取引については、業務の依頼先の変更をするほうが面倒だという理由が買い手側にあれば、免税事業者であっても、経過措置期間中に控除対象外となる部分の値下げのみで取引継続に応じてくれることもあるでしょう。
しかし、新規の取引をする場合はどうかなと。大手企業ほど経理サイドは「できれば免税事業者との取引はしてほしくない」という要望を出すはずです。
同じような取引条件の数多くの適格事業者がいる中で、わざわざ免税事業者を選ぶのは、よほど特別な理由があるときではないでしょうか。
結果的に、社内のルールとして「新規取引口座開設は、原則として適格事業者のみ」と定めることが予想されますし、事実、既にそのような動きも出ているのです。
副業レベルの事業であれば、経過措置期間は、免税事業者のままで控除対象外部分の値下げでなんとか取引継続をしてもらうということでも良いかとは思います。もちろん、買い手がその免税事業者との取引継続をするメリットがあればですが。
しかし、フリーランスとしてそれ一本で食っていくことを目指すのであれば、やはり、既存契約の維持だけでなく、新規の契約獲得も目指さねばなりません。
新規顧客獲得の場面では、免税事業者であることは、たとえ経過措置期間であっても不利になることが多いということは理解したほうがいいでしょう。
加えて、これは既存の契約についてもですが、ぶっちゃけ個人事業主との請負契約は課税事業者にとって面倒なんですよ。
というのも、個人事業主に対する請負報酬の支払いについては、税務調査で「実態は給与である」として、消費税の仕入税額控除不可と源泉徴収義務違反の両方の指摘を受けるケースが大変多いのです。
それこそ、一人親方への支払いは十中八九給与とされるのに多くの建設業者では外注費として仕入税額控除をしているため、税務署としては税務調査に行けばカンタンに修正を求められる「過払い金請求」のようになっているのです。
もし、請負の報酬が給与だとされたら、仮に経過措置期間であっても、その80%控除や50%控除した分の消費税の仕入税額控除が否認される上に、源泉徴収漏れも指摘されますから。
それが、適格事業者として消費税の納税をしている者であれば、「給与である」との指摘はさすがにできない。これは、インボイス制度の事業者にとっての数少ない利点だと思われます。
要するに、買い手である課税事業者側から見ると、既存契約についても売り手の個人事業主には適格事業者であってもらったほうがありがたいのです。
これらの買い手の課税事業者からの立場から考えると、ケースバイケースではありますが、やはり、多くの免税事業者にとっての最適解は「今までも課税事業者であったかのように振る舞い、黙って適格事業者+簡易課税を選択する」ということだと思いますよ。