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2023年12月14日に公表された税制改正大綱では、中小企業の統合を促すよう、中小企業のM&Aがされた場合の優遇措置である「経営資源集約化税制」について、その適用拡大が示唆されています。
まだ、大綱レベルであり、詳細はわかりませんが、これまでの経営資源集約化税制をベースにこの法律の趣旨とどの部分が拡大適用されたのかについてまとめてみようと思います。
これまでの中小企業を弱者として支援し、そのままの状態で存置させることは、経済の非効率につながるとの考えから、中小企業の再編を促すような税務面での取り組みもされています。
それが、「経営資源集約化税制」というものです。
その一つに、一定規模以下の中小企業について、買収をした時点で、その取得価額の70%相当額の損金算入を認める「中小企業事業再編投資損失準備金」という制度があります。
この制度は、令和6年3月31 日までに事業承継等事前調査に関する事項が記載された経営力向上計画の認定を受けたものが、株式取得によってM&Aを実施する場合に、株式等の取得価額として計上する金額の一定割合の金額を準備金として積み立てた時は、その事業年度において損金算入ができる制度です。
中小企業が売却されるケースでは、何らかの問題を抱えていることも多く、企業価値を評価して買収をしてみたものの、その後事業が思うようにうまく行かず、買収による損失が生じることがあります。
しかし、法人税法では、その損失が確定したときに初めて、その損失の損金算入が認められるというのが原則であり、その買収した会社を再度売却や清算をして損失が確定するまで、損金の計上ができません。
それでは、中小企業の買収に躊躇するであろうとの考えから、一定金額以下の中小企業の買収であれば、買収した時点で、予め損をすることもあるとして、事前に損失を仮に計上をすることを認めるということなのです。
次の2つの要件をどちらも満たす必要があります。
・資本金又は出資金の額が1億円以下の法人
・資本又は出資を有しない法人のうち常時使用する従業員数が1,000人以下の法人または個人
・M&A実施時点
・取得対価の70%以下の金額を準備金として積み立て→損金算入が可能
・M&A実施年度の翌事業年度5年経過後から
・5年間均等で準備金を取り崩し→益金算入が必要
なお、簿外債務の発覚や株式の売却がされた場合には、その時点で準備金残額を一括して益金算入が必要です。
この「損失準備金」の計上は、あくまでも、将来予想外に事業がうまく行かず株式の価値が大きく毀損することを見込んで、その投資額の一定割合を先に損金算入することを認めるという、万一損失が生じたときの「備え」です。
ですから、事業がそのような事態に陥ることなく、順調に軌道に乗れば、そのような損失が生じる恐れは大きく減ります。
そこで、M&Aから5年経過後から、その準備金を5年間に渡って均等に取り崩して、益金に算入をする。
つまり、この中小企業事業再編投資損失準備金は、会社の買収額の70%だけ損金が湧いてきて、その分節税になるようなものではありません。
あくまでも、将来損失が生じるかもしれない分について、損失を見込んで先に税負担を軽減するもので、仮に本当に損が確定したとしても、もうその分の損金は先取りしているので、二重に損金が生じるわけでもないですし、損失が生じるようなことがなければ、5年経過以降にその分の税負担が生じるので、単に「損金の先食い」ができるというだけのものです。
他の中小企業の「株式等を取得」(取得価額10億円以下)するものであり、「事業の承継」を伴うものに限定されます。
ですから、
・会社の事業の一部についての「事業譲渡」や「合併」
・同一の者に支配された法人間での事業の移転や親族内での株式移転
については、対象外となります。
新制度を適用するためには、令和9年3月31日までに特別事業再編計画(仮称)を作成し、経済産業大臣の承認を受ける必要があります。
まだ、詳細はわかりませんが、設備投資の即時償却などを受ける際に必要な「経営力向上計画」のようなものになるのではないかと。
経営力向上計画については、最初に最長5年間に渡る計画書を策定し、実際に経営力強化に寄与する設備投資をした際には、その計画について「変更計画書」をその都度提出します。
今回の特別事業再編計画も同様の仕組みで、まずは一定期間に渡る中小企業の事業再編計画を提出し、実際にM&Aによる企業買収をするたびに、何らかの計画書を改めて提出するということになるのではないでしょうか。
・M&A実施時点
・計画に従った1件目の買収|取得価額の90%以下の金額について準備金計上
・計画に従った2件目以降の買収|取得価額の100%以下の金額について準備金計上
→上記準備金計上額の損金算入が可能に
・M&A実施年度の翌事業年度10年経過後から
・5年間均等で準備金を取り崩し
→益金算入が必要
取得価額100%即時損金算入が可能なのは、計画に従い2件目以降の企業買収を行ったときで、1件目であれば取得価額の90%が損金算入の上限額となります。
なお、この損失準備金の計上はあくまでも将来損失が生じることを予見した事前の準備であり、いわば貸倒引当金のようなものです。
既にこの準備金を計上していれば、実際に、買収した会社を清算したり、他社に売却をして損失が生じたとしても、既に準備金の計上をした分について新たに損金は生じません。
また、一定期間無事に事業が継続できた場合には、もう損失についての備えをする必要がないとして、計上してあった準備金を取り崩し益金に算入する必要があります。
この準備金を取り崩し益金に算入すべき期間が、これまでは準備金計上の翌事業年度初日から5年目以降、5期間に渡って均等額の益金算入が必要とされていましたが、新制度では、翌事業年度初日から10年目以降の事業年度以降、5期間に渡って益金算入が必要となります。
これにより、現行の制度では、企業買収による将来の損失発生リスクに対応するための準備金計上で損金算入=その時点での税負担軽減をしたものを5年間繰り延べられていたものが、新制度では10年間繰り延べられるということです。
他の中小企業の「株式等を取得」(取得価額1億円以上100億円以下)するものであり、「事業の承継」を伴うものに限定されます。
ですから、
・会社の事業の一部についての「事業譲渡」や「合併」
・同一の者に支配された法人間での事業の移転や親族内での株式移転
については、対象外となります。
現行の制度では、その株式等の取得価額の上限が10億円以下とされているものが、新制度では、1億円以上100億円以下とされます。
上限が10億円から100億円に拡大されることでより規模の大きな中小企業間の再編を願うと共に取得価額1億円以下については対象外とすることで、中には「全額損金になるならどこか買収しよう」という節税ありきの買収を封じ込めようという狙いも感じられます。
取得価額の上限が10億円から100億円に広がった。その全額ないし90%が損金算入可能だと言われても、年間で10億円以上利益が出ている中小企業はそれほどはないので、この制度拡大により全額準備金を計上しようとする先があるのかは未知数です。
うちのお客様の中でも、企業買収好きの社長さんたちからは、注目が集まる新制度ですが、実際には、産業競争力強化法の改正以降となります。
現行の産業競争力強化法の施行も税制改正大綱での公表の翌年8月でしたから、今回も2024年の夏くらいのスタートになるのではないでしょうか。