免税事業者は消費税を預かっていないから益税はないは本当か?|仕入税額控除の意義から考えるインボイス制度の妥当性

ファクト

・免税事業者の受取る消費税は売上の一部であり、消費税は含まれていないというのはホント

・事業者が消費者から受取る消費税は(源泉所得税のような)「預り金」ではないとした判決があるのもホント

・しかし、同じ判決文で、免税事業者にピンハネの余地があるのは問題だが、不合理とまでは言えないと指摘

・益税の余地が生じる消費税法を違憲とまでは言えず、事務負担を考慮すれば益税も許容範囲とした当時の消費税率は3%

・仕入税額控除を認めるのは、一つの商材に消費税が重複して課税される部分を排除するため

・免税事業者の売上に消費税が含まれないなら、買い手がその仕入れについて消費税の控除をするのは趣旨に合わない

・現行法にこそ理論的に問題があり、「納税のない控除」は認めないインボイス制度のほうが妥当

・多段階課税の付加価値税が導入される国で、免税事業者からの仕入れ等について控除ができる国はない

・免税事業者が納税義務のある課税事業者に比べて得をしており、不平等であることもホント

・得したお金は、消費者が国に納付される消費税と思って支払ったお金であることもホント

 

免税事業者からのインボイス制度反対論

2023年10月から消費税法にはインボイス制度というものが導入されます。

これは、消費税の納税額の計算上除控除できる消費税額について、登録した適格請求書発行事業者(適格事業者)が発行する「インボイス」に記載された金額によるものとすることです。

これまでは、「誰からの仕入れなのか」は一切考慮せずに控除が可能ででしたが、今後は「誰からの仕入れなのか」の検討が必要になります。

消費税の納税義務の免除された免税事業者は、この適格事業者になれません。

インボイス制度になると、買い手の課税事業者側では、今まで可能であった免税事業者からの仕入れについては控除ができなくなる。つまり、その分、消費税の納税額が多くなることになります。

そうなると、課税事業者としては、免税事業者に対して、控除できなくなった消費税額分の値下げ要請をすることになるはずです。

結果的に、免税事業者は消費税分の上乗せをした請求は難しくなり、手取りを減らすことになるのです。

このインボイス制度導入の建前は、「軽減税率導入による複数税率下でも適切に消費税額を計算するため」とされていますが、ホンネは消費者の負担した消費税が国に届くことなく、免税事業者の手許に残ってしまう「益税」を解消するためだろうと思われています。

しかし、それらのインボイス制度導入に反対する免税事業者からは、「免税事業者が売上に伴い受け取る消費税は消費者からの預り金ではない、あくまでも売上の一部であり、益税など生じていない」という主張がされています。

では、これは、本当なのか、検討をしてみようと思います。

そもそもなんで消費税の控除が認められているのか

消費税は、誰が負担をしているのかというと、消費者です。ですが、消費者が商品やサービスの提供を受けお金を支払うたびに、国に納税をするというのは物理的に困難でしょう。

そこで、事業者が、消費者から消費税を受け取り、一定期間まとめて国に納付をしています。要するに、事業者は消費者の「収納代行」を行っているようなものです。

その際に、商品が、製造業者ー卸売業者ー小売業者ー消費者の手を渡るたびに消費税を課税してしまうと、一つの商品に対して何重にも消費税が課税されてしまいます。この流通過程の事業者がそれぞれ納税をすることを「多段階課税」といいます。

そんな多段階税での重複した課税を排除するため、事業者は、売上に伴い受け取った消費税額(売上消費税)から仕入れに伴い支払った消費税額(仕入消費税)を差し引いた金額を国に納付することとしているのです。

この仕入れに伴い支払った消費税額を控除することを「仕入税額控除」といいます。仕入税額控除が認められているのは、あくまでも消費税が重複して課税されることを排除するためです。

免税事業者の売上に消費税が含まれていないのは事実

免税事業者がインボイス制度導入に反対する際の論拠として、益税を正当化するために「免税事業者が受け取る消費税は売上の一部であり、消費者からの預り金ではない」ということがよく言われます。

事業者は、消費者から消費税を「預かった」ものを国に届けていると考えると、違和感を覚えるでしょうが、実は、「免税事業者が受け取る消費税は、売上の一部に過ぎず、そこに消費税は含まれていない」と言うのはホントなのです。

事実、消費税の納税義務を判定する課税売上高については、課税事業者である課税期間は、売上高を1.1で割り戻した税抜金額で判定をするのに、免税事業者である課税期間については、売上高そのままの金額で判定をします。要するに免税事業者の売上高には消費税が含まれていないと考えているわけです。

法人税についても、免税事業者の売上高は、消費税額は含まれているものとはしていません。

(会社更生法では、源泉所得税と同様、消費税を一種の預り金として取り扱っています)

だったら、「免税事業者には益税など生じておらず、インボイス制度になってその益税排除のために免税事業者に負担が生じるのはおかしい」という主張が正しいかのようにも思えます。

しかし、そもそも「なぜ仕入税額控除が認められているのか」を考えてみましょう。

それは、一つの商材に対して重複して消費税が課税されるのを排除されるためでした。ですが、売り手である免税事業者の売上高=買い手である課税事業者の仕入高には、消費税は含まれていないわけでしょ?

だったら、消費税が含まれていない免税事業者からの仕入れについて消費税を控除することは、消費税の重複を排除するという趣旨からすれば、おかしいことになるわけです。

免税事業者に益税の余地はないの?

じゃあ、免税事業者は、消費者から受け取っていた消費税を国に納付せず「ピンハネ」をしていたのかというと、免税事業者制度や簡易課税制度は一部の事業者に「ピンハネ」を許す制度で憲法違反だという裁判が起こされています。

その東京地裁平成2年3月26日判決文の中では、

消費者が事業者に対して支払う消費税分はあくまで商品や役務の提供に対する対価の一部としての性格しか有しないから、事業者が、当該消費税分につき過不足なく国庫に納付する義務を、消費者に対する関係で負うものではない。
とされています。このことを拠り所にして、「事業者が受取る消費税は、売上の一部であって、消費者からの預り金ではない」との主張がされているわけです。
ただ、同じ判決文でその直後に
もつとも、消費税の実質的負担者が消費者であることは争いのないところであるから、右義務がないとしても、消費税分として得た金員は、原則として国庫にすべて納付されることが望ましいことは否定できない

と書かれており、さらに

右制度は、免税業者が消費者から消費税分を徴収しながら、その全額を国庫に納めなくて良いことを積極的に予定しているものでないことは明らかである。

とされているわけです。

なので、この判決文から「消費税は預り金ではないから、免税事業者には益税なんか一切生じてない。だから現行法が正しくてインボイス制度は間違いだ」と主張するのは、判決文の「都合の良い切り取り」なんじゃないかなと思うわけです。

仕入れ税額控除制度は、運用如何によつては、消費者に対する実質的な過剰転嫁ないしピンハネを許す余地があるという点で問題がなくはないが、これを不合理とまではいえない。

つまり、消費者は本来以上の消費税を負担させられ、その金は免税事業者にピンハネされる余地があると。だって、免税事業者が消費税を上乗せして売らなければ、消費者が買う値段はその分安くなるわけだから。

それでも「現行制度の誰からでも仕入税額控除OKという方式には、ピンハネ=益税が生じる問題があるけど、まあ、事務処理も大変だからそうしたわけで、目をつぶってもいいんじゃないの?」ということを示しているだけです。

免税事業者側もこれを盾に「ほら、ピンハネなんかしてないだろ、益税なんかあるわけない」と強気に言えるほどのものではないんですよ。

免税事業者がネコババしていたわけではないが

免税事業者であっても、消費税を上乗せして請求をすることは、法律では禁止されていないです。

ですから、まるで免税事業者がこれまで消費税分を「ネコババ」していたかのように考えるのは間違いです。ちゃんと法律が認めていたわけですから。

しかし、同じ事業をする課税事業者は売上消費税ー仕入消費税の差額だけ納税をしているわけであり、その納税義務を免除されている免税事業者が課税事業者よりも得をしているのは事実。そのお金は消費者が「消費税だと思って」負担をしたものであるのも事実です。

インボイス制度になると免税事業者は競争上不利になるといいますが、現行法では、課税事業者が不利な競争を強いられていたということですし、本体価格にきっちり「消費税」として上乗せをした請求をしていたのであれば、「いや、これは消費税じゃないんです。私の売上の一部なんですよ」なんて言ったところで、泣く泣く消費税を負担をしていた消費者からは、「ハア?国に納められていると思っていたらから支払ってたのに、何を言ってるんだ」と思われても仕方がないでしょう。

消費税導入当初の歪みをインボイス制度で解消

要するに、消費税の仕入税額控除が多段階課税での消費税の重複を排除するために認められているのであれば、消費税の納税をしない免税事業者からの仕入れ等について仕入税額控除を認めるのがそもそも間違いだったのです。

本来であれば、消費税導入当初から納税をしている者だけからの控除を認める『インボイス制度』を導入すべきところを、消費税導入に対する反発を和らげようと、「いきなりだと事務負担が大変だから誰からの仕入れ等であっても控除していいわ」というテキトーな方法を導入したことでこんな歪みが生じてしまったわけです。

最初から免税事業者からの仕入れ等の消費税について控除ができなければ、免税事業者も消費税を上乗せすることはまずできなかったのに、それを許したことで35年の長期に渡り、益税が既得権化していったということでしょう。

実際に付加価値税が導入されている欧州諸国では、インボイス制度は当然のようにあり、免税事業者からの仕入れ等について控除ができるとしている国はありません。

ちなみに、アメリカではインボイス制度はありませんが、そもそもが多段階課税の付加価値税ではなく、小売段階のみでの課税である小売売上税のため、重複排除のための控除が必要がないのでインボイスもないのです。

目をつぶってもいいとされたのは消費税率3%の頃の話

まず、平成2年3月26日東京地裁判決は、別に免税事業者にピンハネ=益税の存在はないものとした訳では無い。

ピンハネの問題は生じるけど、事務負担を考えると免税事業者制度や免税事業者からの仕入れ等について仕入税額控除を認めることが違法とまでは言えない。益税が生じたとしても、目をつぶっていい範囲でしょうということです。

で、その判決で、「現行法には益税の問題あるけど、目をつぶってもいいんじゃないの?」とされたのは、消費税の税率が3%の頃の話ですよ。

もう、消費税導入から30年以上も経っているので、「まだ慣れていない」ということもさすがにないだろうし、消費税率が、5%、8%、10%、そして、さらなる税率アップがほぼ確実視される中でも、目をつぶっておけるのかというとそうではなくなったということでしょう。

インボイス制度はある特定の人にとっての増税であるのは間違いないのですが、その税収増なんか微々たるもので、むしろ、税務署の徴税コスト増のほうが心配になるくらい。

それでもインボイス制度を導入しようというのは、税収増を狙ってのものではなく、アンフェアな現行制度を適正化しようということかと。

「最初に目をつぶったのであれば、ずっと目をつぶっていてくれればいいのに」と私もホンネでは思いますけど、理論的にどっちが正しいのかと言われれば、税の専門家の立場としては、残念ながら現行法に問題があり、インボイス制度はその問題を正すものだと言わざるをえないのです。

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