1000万円以上の設備投資をしたらしばらく簡易課税は選択できないこともー高額特定資産取得の消費税の特例
法の盲点を突く行為と改正のいたちごっこ
事業者は、「預かった消費税額」から「支払った消費税額」を差し引いた金額を納税します。
ただし、厳密には「支払った消費税」全額が控除できるわけではなく、課税売上を得るための支出に対応する消費税額だけが控除できるのです。
例えば、居住用のマンションの賃料は消費税は非課税です。
そのため、そのマンションの建設費は非課税の売上高を上げるために掛かった支出なので、どれだけ多額の消費税を負担していたとしても本来控除はできないのです。
しかし、建物の引き渡しされた事業年度だけ入居者募集をせず自動販売機を設置するなどにより、その年の課税売上割合を引き上げた上で、その課税売上割合に応じて控除する消費税額を計算する「一括比例配分方式」を使うことでその建築費に掛かる消費税を控除することも可能になります。
ただ、その控除をした事業年度以降3期間の課税売上割合が著しく減少していた場合には、その控除された消費税を返還しなくてはならないという”関所”があり、そんな小手先のテクニックは効かないようになっていました。
ところが、この”関所”も、その手前で簡易課税制度を選択してしまえばあっさりすり抜けられるというなんとも間抜けなルールだったのです。
そこで、平成22年度の改正により一定金額以上の固定資産を取得しあえて課税事業者となって消費税を控除した者などは、その年度以降3期間は簡易課税の選択や免税事業者になることはできないとされました。
これで”自販機スキームによるマンション消費税還付”は封じ込められたように見えたのですが、まだ抜け穴があったので、平成28年4月以降の「高額な資産取得」の消費税の取扱いについてさらに規制が掛かったのです。
そこで今回は、「高額特定資産取得の消費税の特例」の内容とその「とばっちり」としてどんな人に影響があるのかをまとめてみようと思います。
高額特定資産取得の特例の内容
従来の制度では、消費税の課税事業者であったものが、高額資産の取得をした年度にその高額資産に係る多額の消費税の控除を受けておきながら、その後に簡易課税を選択したり免税事業者になってからその高額資産を譲渡すれば、原則的な「一般課税」の時よりも消費税の負担を軽減できたり納税負担を回避することができていました。
この抜け穴をうまく使ったのが大規模法人によるSPC(特定目的会社)を使った不動産投資です。
このSPCは不動産の取得、運用、売却という目的のために設立がされたものですが、第一期に不動産を取得して、その取得に係る消費税額の還付を受けていたとします。(課税売上高5億円超の事業者の子会社は設立時から課税事業者となります)
第二期にその不動産を譲渡すれば、今度はその譲渡の際に預かった消費税額を納税しなくてはなりません。
さて、ここで事前に簡易課税を選択しておいたとします。
簡易課税であれば、実際に支払った消費税額に関係なく、課税売上高に係る消費税額に「みなし仕入率」を掛けた金額だけ控除対象となる消費税があったものとされるのです。
当然、納税すべき消費税額は一般課税のときよりも少なくてすみます。
結果的に、不動産の短期の転売を通じて第一期で消費税の還付を受けておきながら、第二期では本来支払うべき消費税額よりもはるかに少ない消費税額しか納税をしないことが可能になるのです。
こんな消費税の”還付逃げ”を封じ込めるために下記のような規制がされました。
・事業者が事業者免税点制度及び簡易課税制度の適用を受けない課税期間中に
・高額特定資産(※)の仕入れ等を行っ た場合には、
・「高額特定資産の仕入れ等の日の属する課税期間の翌課税期間」から、「高額特定資産の仕入れ等の日の属する課税期間の初日以後3年を経過する日の属する課税期間」までの各課税期間においては、事業者免税点制度及び簡易課税制度を適用しない
※ 「高額特定資産」とは、一の取引の単位につき、課税仕入れに係る支払対価の額(税抜き)が 1,000 万円以上の棚卸資産または調整対象固定資産をいいます。
平成22年度改正と28年度改正の違い
平成22年度の改正と平成28年度の改正には、下記の点に違いがあります。
(1)対象者の違い
平成22年度改正:あえて課税事業者を選択した者と資本金1000万円以上の法人
平成28年度改正:免税事業者と簡易課税選択者を除くすべての事業者
(2)対象資産の違い
平成22年度改正:100万円以上の固定資産。棚卸資産は対象外
平成28年度改正:1000万円以上の固定資産と棚卸資産
(3)取得時期の違い
平成22年度改正:あえて課税事業者となってから2期間以内に対象固定資産を取得
平成28年度改正:取得時期は問わない
平成22年度の改正は、マンションの消費税の還付を受けようと、あえて課税事業者を選択したり、わざと資本金を1000万円以上にした者が対象でしたが、課税事業者になってから3期目になってはじめて対象となる固定資産を取得してもこの規制には引っかからず、4期目には簡易課税を選択したり免税事業者となることができました。
そのため、マンション消費税還付の封じ込めも完璧ではなかったのです。
しかし、平成28年度の改正では、対象者が免税事業者と簡易課税選択者以外すべてであり、対象となる固定資産や棚卸資産の取得時期は問わないことになります。
これにより、平成22年度改正ではすり抜けていた「マンション消費税還付」や「大規模法人のSPC活用による消費税還付逃げ」もガッチリ封じ込められることになったのです。
とばっちりで簡易課税を選択できなくなった者も出てくる
二回に渡る改正は、できるだけ”善意の者”には影響がなく、法の盲点を突こうという者だけを規制しようとしていたものの、それではすり抜けられてしまうため、さらにその網を広く張られたといえるでしょう。
そうすると、別に法の盲点を突こうなどと考えていない”善意の者”までとばっちりでこの規制に引っかかる人も出てきます。
例えば、いままで簡易課税を選択していたのに、1000万円以上の機械装置を導入するので、一般課税に戻していた会社があったとします。
それによりその機械装置についての消費税額の控除や還付を受けることも可能です。
これまでであれば、翌期以降、また簡易課税を選択することができたのですが、平成28年4月以降に上記のような高額特定資産を取得していた場合、消費税の控除や還付を受けた事業年度を含めて3期間は簡易課税を選択できなくなってしまったのです。
通常は簡易課税のほうが有利なため選択していたものの、多額の設備投資をするときには事前に一般課税に戻しておき、翌期以降はまた簡易課税を選択するというのは、税法も元々想定している何ら悪意のない選択肢であるはずです。
そのために、簡易課税は一度選択したら最低2期間は連続して適用しなくてはならないものの、一般課税から簡易課税への変更には規制はないのです。
それが、法の盲点を突く人と国税庁とのいたちごっこの結果、とばっちりで善意の者まで本来よりも税負担が増えるというのはなんとも腹立たしいことですが、今後このような場合、あえて原則課税に戻すかは「3期間を通じての損得」を考えることが必要になったのです。
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