海外中古建物の減価償却費の損益通算禁止の影響|修正の利かない節税への出口規制の怖さ
目次
税制改正で海外不動産投資による節税策が封じ込められた
2020年度の税制改正では、マンション消費税還付の完全封じ込めに加えて、海外不動産投資による損益通算規制がかかるなど、節税封じの色合いの強い改正となっています。
そこで、今回は、海外中古建物の減価償却費についての損益通算規制の概略とその影響についてまとめてみることにします。
海外中古不動産による損益通算規制の概要
取り扱いの詳細はまだ出ていないのですが、税制改正大綱の内容からわかることは以下のようなものであるということです。
<対象資産>
・海外に所在している
・中古の賃貸用建物
・その減価償却費計算の耐用年数について簡便法*を適用している
<規制内容>
・海外不動産の賃貸から生じた不動産所得の赤字のうち
・上記の対象資産の減価償却費は他の所得との損益通算を禁止する
・ただし、その資産を譲渡したときには、通算できなかった累計額を譲渡所得の計算上控除することができる
<対象者>
・いつ取得したかにかかわりなく、すべての者の2021年分以降の所得税の計算から適用
*簡便法とは、中古資産の耐用年数の見積もりが難しい場合に、「(法定耐用年数ー経過年数)+経過年数×0.2」などとして耐用年数を見積もる方法です。99.9%この簡便法により申告がされているはずです。
海外不動産による節税のカラクリ
海外不動産による節税の仕組みは、一言でいうと「総合課税と分離課税のギャップの利用」です。
よく、収益用不動産を取得すると、減価償却費という「支出もないのに費用になる経費が生じるため、節税になる」という理解がされていますが、これは間違いです。
税法では、支出もしていないのに勝手に経費が湧いてくることは、原則としてありません。(概算での経費計上が認められている場合を除く)
収益用不動産についても、建物の減価償却費は、単に取得時の支出が、時間をかけて経費になっているだけのことです。
最終的には、必ず、建物取得に要した支出=減価償却の累計額となります。支出もないのに費用など生じるわけはありません。
むしろ、支出の時点で、本来、全額が必要経費になるべきところを、その法定耐用年数という長期の時間を要してやっと全額が費用になるのですから、手許のお金は、投資しないときよりも少なくなります。
当然、減価償却には節税効果もないし、将来の不測の事態に備え資金をプールする「企業防衛」などという効果もありません。
では、どこで節税になるのか。
まず、建物を譲渡したときには、その建物を売った時から買った時の価額を差し引いた「値上がり益」について、譲渡所得として所得税・住民税が課されます。
例えば、1,000万円で取得された建物が、5年経過後に1,500万円で売れたとします。
この時の値上がり益=譲渡所得は、売った時の価額1,500万円から買った時の価額1,000万円を差し引いた500万円のように思えます。
しかし、この時の「買った時の価額」というのは、取得に要した金額である「取得価額」のことではなく、「取得費」という概念が用いられます。
この「取得費」とは、取得に要した金額である「取得価額」からそれまでに減価償却された累計額を控除したものです。
仮に、所有していた5年間で減価償却が300万円されていたとしましょう。
その時の譲渡所得は、譲渡対価1,500万円から取得費700万円(取得価額1,000万円ー減価償却累計額300万円)を差し引いた800万円となるのです。
不動産所得の計算上差し引かれていた減価償却費の累計額300万円が、譲渡所得の計算時に上乗せされると考えてもよいでしょう。
さて、不動産所得の計算では、賃貸収入から減価償却費300万円が必要経費として差し引かれています。
譲渡所得の計算では、取得に要した金額からその減価償却累計額を控除した取得費700万円が控除されています。
結果として、所得の計算上差し引かれた金額は、賃貸時300万円+譲渡時700万円=1,000万円となり、取得に要した1,000万円と完全に一致します。
わかりやすく例えるなら「お金を払った分だけ手に入れたケーキを賃貸時に減価償却として食べちゃったら、譲渡するときには、その残りしか食べられない」のと同じです。
つまり、減価償却には「支出はないのに費用になる」などという都合の良い効果はないということ。繰り返しますが、お金を払わなければケーキも、支出をしていないのに勝手に費用も湧いてくることなどないのです。
ですから、本来、賃貸用不動産を取得しても節税効果は全くありません。
しかし、ここに所得税の計算上の仕組みの違いがあります。
というのも、不動産の賃貸から生じる不動産所得は他の給与所得などと合算の上、総合課税として最大約55%の税率による累進課税の適用を受けます。
一方で、不動産を譲渡したときの譲渡所得に対する課税は、分離課税といって、他の所得とは原則として通算されることなく、その所有期間に応じた一定の率による課税を受けます。
所有期間(譲渡した年の1月1日現在で)が5年超である場合には、不動産の譲渡所得の税率は、所得税・住民税を合わせて約20%となるのです。
賃貸時に減価償却費として必要経費に算入された結果、不動産所得で赤字を生じた場合、その赤字は他の給与所得と通算されることで、その適用される「最高税率分」だけ、税負担が軽減されます。
高額所得者であれば、総合課税の対象となる所得に約55%もの税率が適用されていることも多いでしょう。
そうなると、減価償却費による赤字分については、他の所得と損益通算されることでその約55%の税負担が軽減されます。
一方で、譲渡所得の計算では、この減価償却費が利益に加算がされるとしても、その部分に適用される税率は約20%。
結果的に、減価償却費による赤字分については、賃貸時に総合課税に適用される最高税率約55%-分離課税の税率約20%の差額だけ、トータルの税負担を軽減できるということになるわけです。
そのため、医師や企業経営者、外資系の社員など、高い累進課税に悩まされていた高額所得者がこぞって、不動産全体に占める建物の割合が高く、当初に多額の減価償却費の計上が可能な「海外の中古の不動産」への投資がなされたのです。
海外中古不動産投資の税額への影響
今回の規制は、不動産所得から生じた損失のうち、海外中古建物の減価償却費相当額については、他の所得との通算は禁止。
ただし、譲渡時にその通算対象とされなかった金額については、譲渡所得の計算上控除が可能というものです。
賃貸による不動産所得として生じた減価償却費による赤字の他の所得との通算はできないのであれば、この総合課税と分離課税の税率のギャップは生じないことになります。
そうなると、元々減価償却費には、節税効果はないため、海外中古不動産への投資をしたとしても節税効果は一切ないということになるわけです。
地味にダメージの大きい個人での不動産投資の落とし穴
なお、不動産投資に対する節税封じはこれだけではありません。
実は、海外不動産の減価償却費だけではなく、もう一つ、仮に不動産所得に赤字が生じていたとしても、他の所得と通算ができないものがあります。
それは、土地取得に要した借入金の利子相当額です。
これは、バブル期に、サラリーマン相手にまで「収益用不動産を買えば節税になる」と煽って収益用不動産を販売したことが、当時の地価高騰の一要因とされたため、不動産所得で赤字が生じていた場合、借入金の利子のうち、土地の取得に要した部分の金額については、他の所得との通算が禁じられたのです。
これは、海外中古建物だけでなく、すべての賃貸用不動産が対象です。
この規制は、たちの悪いことに、この土地の負債利子相当額については、海外中古建物の減価償却費と異なり、譲渡時にその通算ができなかった金額について控除できるような救済はなく、完全に切り捨てられて終わり。
ただでさえ、不動産投資については、節税効果は期待できない中で、土地の借入金利息については、お金を払っているのに実質的に必要経費にならないというのは、相当大きなダメージです。
事実、総合課税と分離課税のギャップによる節税を期待して賃貸用不動産を取得したものの、この「土地負債利子の損益通算禁止」に阻まれて、よく計算してみたら思いのほか節税効果はなかったというケースが多々あるのです。
なお、具体的に、海外中古建物の減価償却費について、どのように損益通算の規制がされるのかという計算式については、まだ、明示されていません。
おそらくは、まずは、海外不動産についての不動産所得の赤字のうち、海外不動産の土地負債利子部分を先に控除する。
その残額のうち、海外中古建物の減価償却費相当額部分について、他の所得との通算を規制するということになるのではないかなと。
(1)家賃収入<その他経費の場合
(2)家賃収入>その他経費の場合
こう考えると、個人での海外中古不動産投資は、節税については、まったく期待できないどころか、税務上不利な部分もコストとして織り込む必要があると理解する必要がありそうです。
入口規制ではなく、出口規制であることに注意
さらに、今回の規制でヤバイのは、節税対策を封じ込める場合、「〇年〇月〇日以降、そのような方策を用いた場合には規制をする」という規制が多いのに対して、今回は、いつその海外中古不動産を取得したかにかかわりなく、すべての海外不動産投資家に対して、2021年度の所得計算から規制をするというものです。
いわば、節税対策というトンネルの入口で入場規制をする「入口規制」ではなく、すでにトンネルに入っている人も規制対象となる「出口規制」であるということ。
税法については、「納税者の将来予測安定性を担保せよ」という憲法の考え方をベースにしているため、期日を遡った出口規制は、できるだけ避けられます。
しかし、今回は、いつ以降の取得については規制をするという入口規制ではないことに、国のこの節税対策に対する怒りが感じられます。
なにせ、東京都の麹町税務署管内だけでも、この海外中古不動産投資で延べ337人が39億8千万円超の赤字を計上していたようですから。
新たな節税対策が生まれては、国がその法の盲点を封じ込めるという”いたちごっこ”が繰り返されてきたのは、「どうせ入口規制しかないから、ダメになる前にやってしまえ」ということが根底にあることと思われます。
ですが、現実には、どうにも後から修正の利かない出口規制がなされることもあるということ、そして、そのときには最悪どれだけのダメージがあるのかというダウンサイドリスクを節税対策をする場合には考慮しておく必要があるのです。
今回規制の対象となった節税用の海外不動産には、この節税効果とやらを加味しないとトータルの収支が大赤字の物件も多々あるようです。
修正の利きづらい投資をするのであれば、法の盲点を突くような節税効果はないものとして、そのリターンを考える必要があるといえるでしょう。
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