インボイス制度「6年段階控除経過措置」と「3年2割課税激変緩和措置」の比較|誰のための支援なのか?

インボイス制度導入直前でのドタバタ

2023年10月から消費税にはインボイス制度が導入されます。

消費税の納税義務の免除された免税事業者の中には、零細事業者も多く、このインボイス制度導入により窮地に陥ることも予想されています。

そのため、声優や漫画家などのエンタメ業界のフリーランスを中心にインボイス制度導入反対の声が上がりました。

いや、インボイス制度導入が決まったのは、2016年のことで、私自身、散々「これは、ヤバい。大変なことになる」とこのブログや新聞・雑誌などで警鐘を鳴らしたつもりでしたが、当時は誰も聞く耳を持ってくれませんでした。

予想通りの「なぜ、急に」という反対の声の強まりではありますが、その声に押されたのか、導入直前の令和5年度税制改正で免税事業者の負担軽減措置が矢継ぎ早に出されました。

その一つが、インボイス制度導入から6年間は「課税売上高1億円以下(など)の事業者については、10,000円未満(など)の取引についてインボイスを不要とする」というもの。

これで免税事業者が救われるかのような報道がありましたが、免税事業者が課税事業者になったとしても、仕入税額控除を概算でも良いとする「簡易課税制度」の選択ができるため、そもそも仕入税額控除のためにインボイスの保存は不要です。

反対派の「インボイス制度になると膨大な事務負担が」という意見に、とりあえず応えたフリだけの「目眩まし」と言っても良いでしょう。

もう一つの改正案が「インボイス制度導入から3年間は、免税事業者が課税事業者になったときの消費税の納税額は売上消費税の2割でよい」というもの。

こっちは、やむなく課税事業者となる免税事業者を救済するリアルな「激変緩和措置」となりそうです。

一方で、免税事業者の負担を軽減するためには、インボイス制度導入から6年間は、免税事業者等からの仕入れ等については、その消費税相当額に一定割合を掛けた金額だけ控除が可能な「経過措置」もあります。

そこで、今回は、免税事業者の救済措置である「激変緩和措置」と「経過措置」の違いについてまとめてみようと思います。

インボイス制度導入の理由と免税事業者への影響

インボイス制度になると買い手が消費税の納税額の計算上、仕入れに伴い支払った消費税を控除(仕入税額控除)をするには、登録した事業者が発行するインボイス(適格請求書)が必要となります。

消費税の納税額の計算上、仕入税額控除が認められるのは、複数の事業者の手を渡って消費者に届く商品について、それぞれの事業者が売上に伴い受け取った消費税を納税してしまうと重複した納税がされるから。その消費税の納税の重複を排除するのが仕入税額控除です。

その仕入税額控除をするには、仕入先がきちんと消費税の納税をしているか否かの判断が必要であり、それを明らかにするのがインボイスです。

いわば、インボイスは「消費税の納税証明書」のようなものなので、消費税の納税をしていない免税事業者はインボイスを発行できず、免税事業者からの仕入れについては仕入税額控除はできません。

それなのに、消費税導入時に、強い反対の中でなんとか消費税を導入しようと、本来の仕入税額控除を趣旨を曲げて、消費税の仕入税額控除の際には、「相手が誰かの判定は不要」としてしまった。

つまり、相手が誰でも仕入税額控除は可能となり、現行法では、免税事業者からの仕入れであっても消費税の仕入税額控除が可能だったわけです。

その結果、本来では控除すべきではない、免税事業者からの仕入れまでも仕入税額控除を認めたため、「過剰な控除」が生じてしまい、消費者が負担した消費税が国に届くことなく免税事業者の手許に残ってしまう「益税」という問題が生じていました。

消費税導入当初は消費税率が3%であり、日本に初めて導入されて慣れない制度であるため、簡便な処理により益税が生じるのはやむを得ないとされてきたものが、今では消費税率は10%に。さらに、今後も消費税率が上がることが確実視される中では、もうさすがに限界、そろそろ、正規の方法にしようというのが「インボイス制度」導入の財務省があえて口にしない本当の理由でしょう。

ですから、理論上は、現行法よりもインボイス制度のほうが正しいということなのです。

現行法では免税事業者からの仕入れであっても仕入税額控除が可能であったものが、インボイス制度になると免税事業者からの仕入税額控除はできなくなります。

それでもあえて、免税事業者が同じ金額の請求をするということは、買い手側の課税事業者側では消費税分だけ負担が増えてしまいます。

そんな取引を容認する課税事業者は少ないはず。結果的に、免税事業者は、消費税分の値下げに応じるか、あえて課税事業者になってインボイスの発行のできる適格請求書発行事業者(適格事業者)の登録をしなくてはなりません。

結果的に、免税事業者は、どちらを選択しても、今よりも手取りが減ることになります。

インボイス制度が理論上正しいものとは言え、既に長い間、益税も収入の一部となっていた中で、手取りが減るのは零細免税事業者にとっては死活問題です。

そこで、インボイス制度導入の影響を緩和するため、2016年のインボイス制度導入決定当初から、「経過措置」が用意されていたのです。

免税事業者からの仕入れ等についての「経過措置」

免税事業者からの仕入れ等について消費税の控除が一切できなくなるのであれば、免税事業者は取引そのものから排除されてしまう恐れもあります。

そこで、インボイス制度が導入されてからも一定期間についてはその消費税相当額について、一定割合の控除を認める「経過措置」が講じられているのです。

具体的には、インボイス制度導入当初3年間は消費税相当額の80%が、その次の3年間は消費税相当額の50%が控除可能であるということです。

仕入税額控除可能部分 仕入税額控除不可部分
2023.10.1-2026.9.30 80% 20%
2026.10.1-2029.9.30 50% 50%
2029.10.1- 0% 100%

 

言い換えれば、免税事業者からの仕入れに伴う消費税額は、インボイス制度導入から3年間はその20%が、その次の3年間はその50%が、それ以降はその100%が控除不可にと、徐々に控除ができなくなるようにしたということです。

これにより、買い手の課税事業者は「まあ、当初は消費税の20%くらいの負担増だったら、このまま免税事業者との取引を継続してもいい」あるいは「控除できない20%だけ値下げをしてくれれば免税事業者との取引を継続してもいい」と考えてくれることを期待しているのです。

つまり、この経過措置は、免税事業者のままであることを選択した事業者の救済策であるということです。

課税事業者を選択した者への「激変緩和措置」

経過措置によって、既存の取引先については、「わざわざ新しい外注先を探すのは面倒だ」ということで、免税事業者のままでも、取引を継続することを促す効果は期待できます。

しかし、新規の取引については、買い手の課税事業者は、わざわざ特別な処理を求められる免税事業者との新規口座開設については、よほど有利な条件でない限りは避けることが予想されます。

そのため、私自身は、既存の取引先だけの事業をするのであれば、免税事業者のままという選択はあっても、新規の取引を目指す事業者であれば、課税事業者を選択した上で適格事業者になったほうがよいと考えています。

さて、課税売上高が5000万円以下の事業者については、仕入税額控除の額を売上消費税額に業種ごとに定められた「みなし仕入率」を掛けた金額とする「簡易課税制度」が選択できます。

区分 業種 みなし仕入率
第一種 卸売業 90%
第二種 小売業 80%
第三種 製造業、建設業 70%
第四種 その他飲食業など 60%
第五種 サービス業 50%
第六種 不動産業 40%

 

例えば、税込売上高が550万円で消費税の課税対象となる仕入れが全くないライター(サービス業)の場合、適格事業者になったことで原則的な課税方法では、50万円(550万円÷1.1×10%)の消費税の納税が必要です。

それが、簡易課税を選択することで、消費税の納付額は25万円(50万円×50%)まで軽減されます。

そこに、この免税事業者が課税事業者を選択した上で適格請求書発行事業者の登録をした場合当初の3年間(令和5年10月1日から令和8年9月30日までの日の属する課税期間)については、消費税の納付額は売上に伴い受け取った消費税額の2割でもよいという「激変緩和措置」が講じられることになりました。

先程のライターの場合には、この激変緩和措置のおかげで、課税事業者になったとしても消費税の納税額は10万円(50万円×20%)でも良いということです。

つまり、この激変緩和措置は、課税事業者になることを選択した事業者への救済措置であるとのことです。

インボイス制度反対の声の中で、サービス業のみなし仕入れ率は低くて負担が大きいという意見があったようですが、そもそも、実際の消費税の対象の仕入れ等の金額に比べてみなし仕入率は”甘く”、その中でもサービス業が一番甘いのではないかと。

事実、これらのサービス業では、ほとんど消費税の課税対象となる経費などないはずですよ。

その分、サービス業ほど益税の金額が大きく、先程のケースでも50万円あった益税が、当初の3年間は40万円、それ以降は25万円に減るということであり、まだまだ益税はあるわけですから。

サービス業ほどインボイス制度による負担増が大きいというのは、それだけ益税が大きかったことの裏返しなのです。

経過措置と激変緩和措置の違い

・「経過措置」は免税事業者のままでいることを選択した事業者への救済措置

・「激変緩和措置」は課税事業者になることを選択した事業者への救済措置

激変緩和措置が加わったことで、免税事業者が採るべき方策にどんな影響があるのか。

新規取引獲得を目指す免税事業者が採るべき最適解としては、適格事業者+簡易課税ことが多いということが、この激変緩和措置で変わるものではなく、むしろその優位性が高まったと言えるでしょう。

(激変緩和措置は、簡易課税でも原則課税でも、実質的にみなし仕入率を80%とするのと同じなので、みなし仕入率が90%である卸売業以外、当初の3年間は簡易課税選択をする必要はありません)

この「激変緩和措置」が、インボイス制度反対運動によりもたらされたものであることは間違いなく、大きな成果でしょう。もう、これが潮時じゃないかなと。

ここまで譲歩されてもインボイス制度導入に反対すると、そろそろ益税の存在に気がついた消費税の負担をしている消費者からの批判が高まるんじゃないかなと心配しております。

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