有名人とはいえ修正申告に応じていない税務調査の内容をリークする税務署の方が遥かに悪質だろ

某野球選手に多額の申告漏れの報道があるが

人気球団の推定年俸6億円とも言われる某有名野球選手について、週刊誌で「多額の申告漏れがあり、修正申告に応じようとしていない」との記事が。

ネット記事では、「私的な支出である以上は必要経費とは認められませんが、にもかかわらず毎年計上していたのであれば『悪質な申告漏れ』ともいえるのではないでしょうか」とのコメントも記載されており、確かに私的な経費を必要経費に算入することは税務上問題のある行為でしょう。

ただ、ネット記事から分かる範囲で言えば、まだ修正申告にも応じていない段階で、まるで”悪事”が確定したかのように書き立てることも、そもそも、税務調査中の事案の内容が、税務署からダダ漏れのほうがはるかに悪質です。

そこで、今回は、この報道の裏側はこんな感じじゃないのかということを、有名人の申告漏れ報道のときにコメントを求められる税理士が予想してみようと思います。

プロ野球選手の交際費の必要経費算入

週刊誌本誌は読んでおらず、あくまでもネット記事の文面からでありますが、

”毎年の確定申告で銀座や六本木の高級クラブなどの飲食費を必要経費として計上していました。金額にして年間およそ2000万円。直近の5年をさかのぼって調べたところ、毎年のようにこれを続けており、総額で約1億円もの過大な経費の計上が確認されたのです”

とのこと。

デイリー新潮|巨人・坂本勇人が「1億円申告漏れ」

「球場で野球をするのが仕事の選手が、なんで銀座や六本木の高級クラブで他人を接待しなくちゃいけないのよ」と一般の人は思うはず。

それは、その通りであり、収入を稼ぐために必要であった支出でなければ、交際費に関わらず、必要経費に算入をして確定申告をするのは誤りです。

ただ、野球選手は球団から年俸をもらうだけでなく、用具のメーカーや各種の企業からのCMや協賛を受けるというビジネスもしています。

「新たなスポンサーや支援者を募るための人脈形成や情報交換のための活動経費だ」とされると、必要経費算入の「余地」は生まれます。

その飲食の相手が、仮に友人や後輩だとしても、「いや、自分ひとりじゃ人脈は広がらないので、友人や後輩にもそれを頼んだ」などの屁理屈であっても、税務調査では大いに揉めるものの、全額を否認するというのは、税務署としても手間がかかるわけです。

というのも、税務調査の決着は、納税者(≒税理士)が、その指摘の通りだと認めて「修正申告」をするか、本人が修正申告を拒んだ上で、税務署側が「これが正しいので、この通りに納税せよ」という「更正」の2つがあります。

ただ、申告額が増える増額更正というのは、税務署にとっては、よほどのことがない限りやりたくない。(うちは、実際に増加更正が何度かありますが、そうなるとどうなるのかは、今度のアライアンスLLPセミナー「やってみてわかった!ホントに勝てる税務調査」でお話しします。)

なぜなら、今まで、「この支出が必要経費になる理由を説明せよ」と政治家には絶対に言わないようなことを、ネチネチ責め立てていた税務署が、更正となると、今度は、納税者(≒税理士)から、「そんな甘い論拠じゃダメじゃん。もう一回調査やり直せよ」と言われないよう、丁寧に証拠を集めて、どこに出しても問題のない更正文を作成しなくちゃいけない。

刑事事件はよく知らないけど、起訴(更正)するには、面倒な裏付け捜査をたくさん行わないといけないのが、修正申告という”自白調書”があるとその手間を大幅に減らすことができるというイメージかなと。

その上、更正の最終決裁は、税務署長が行わなくてはいけないので、調査の現場では、何が何でも、納税者から修正申告を取らねばならないと必死に動くわけです。

そのため、こういう「交際費をいくらまでなら認めるのか」というグレーゾーンの話は、まずは税務署が高め一杯の”言い値”をぶつけ、それに対して、「そんなに自信があるなら更正すればいいじゃん。俺は面倒くさいから修正はしないわ」という頭のイカれた税理士と「じゃあ、いくらなら、修正してくれるんですか?」「これくらいなら」「いや、それはないんじゃないですか。せめてこれくらいは!」みたいな交渉を経て、両者が納得する落とし所を見つけることが多いわけです。

「悪質な申告漏れ」との指摘は煽りすぎ

どんな確定申告をしたのか見たわけではないのですが、

”プロ野球選手であっても、例えばバットやシューズメーカーの人との飲食なら経費に計上できる、といった基準はありません。その会食を催すための根拠となる大義名分があるかが重要になります。一人で、あるいはチームメイトと飲食した場合、その費用は『収入を得るための手段』とは考えにくい。私的な支出である以上は必要経費とは認められませんが、にもかかわらず毎年計上していたのであれば『悪質な申告漏れ』ともいえるのではないでしょうか”

とのコメントは、一体誰が言ったのか。

取材を受けた税理士さんが、「税務申告において、必要経費であるかどうかは『自らの収入を得るために必要なのか否か』を基準に判断されます」とは、コメントしているが、『悪質な申告漏れ』とまで指摘したのかはわからない。

有名人の申告漏れ報道があるとチョイチョイコメントを求められる「使い勝手の良いおじさん税理士」から言わせてもらうと、あくまでも記事を書くのは記者であって、既に結論ありきで、記者に都合の良いコメントをしてくれる識者をアリバイ作りのように探しているんですよ。

だから、自分が書きたい≒センセーショナルな事件であるかのようにコメントしてくれる識者をまずは探す。

その人が期待通りのコメントをしてくれればそのまま書くが、そうでない場合には、都合の良い部分を切り取ったりするんです。

例えば、某有名社長が、自分がオーナーである会社が所有する車や自家用ジェットを利用し、そのレンタル料をきちんと支払っていたのに、「金額が少ないとして申告漏れがあった」との報道があったときも、

「確かに、複数の車や自家用ジェットを使用していれば社長に対する給与課税の余地はあるんじゃない」「だけど、これは、金額の桁が2つ違うとはいえ、中小企業のオーナー社長ならみんなやってるようなことで、レンタル料も支払っているわけだから、申告漏れっていうのはちょっと違うと思うぞ」と答えても、実際に記事に載るのは「確かに、複数の車や自家用ジェットを使用していれば社長に対する給与課税の余地はあると税理士の吉澤大氏は語る」って書かれるだけ。

あとは好き勝手にいかに悪辣なことなのかという印象の記事をまるで識者が言ったかのように書く。

某お笑い芸人が、何年も申告を忘れていたという報道のときだって、「これって相当悪質ですよね?」と聞かれたので「いや、中小企業の社長なんてこんな人、山ほどいるわ。税理士がいるからなんとかなってるだけで。この人は、自分が申告したくなったら税理士に申告だけ頼んでたんだろ。ただのルーズな人で悪意じゃない。だから、逮捕もされてないんだろ」

って丁寧に重加算税の仕組みを説明しても、「はあ、そうなんですね。」「相談なんですけど、今回は匿名でいいから『極めて悪質で逮捕スレスレの事案』だって書いていいですかね?」っていわれるようなもんですよ。

今回の野球選手のケースについても、架空の領収証を提示したり、水増しした領収証を使ってキックバックを受けていたような事実がない限り、悪質な申告漏れとして重加算税の対象になるような事案ではないでしょう。

もし、そうなら、雑誌社も、もっとセンセーショナルに「悪質な所得隠し」「巨額の脱税」と書くはず。

私は、野球選手の確定申告をしたことはないですが、今回のケースは、今まではある程度の金額までは交際費についてはどの野球選手にも認めており、その金額が多すぎるので修正を求めているが、折り合いがつかないという「金額の程度の問題」だと思われます。

ぶっちゃけ、中小企業でも、年間2000万円以上飲み食いする社長なんてゴロゴロいますよ。

税務調査中の内容がいとも簡単に漏洩するほうが大問題

有名人の税務調査の結果は、「こんなことをしたらダメだぞ」という啓蒙の意味か、税務署から、大した問題でもないことまで悪質な脱税であるかのようなリークがされ、それが週刊誌の誌面を賑わすことも多いでしょう。

これ自体、公務員の守秘義務の観点から大いに問題があると思うのですが、それらは大体、修正申告が終わった=本人もその内容に納得したケースなんですよ。

ところが、今回は、記事を読む限りは、

”「指摘を受けた坂本選手は“見解の相違”を理由に、すみやかに修正に応じる姿勢を示さなかったといいます。本人の確定申告は毎年、親族が代表を務める個人事務所が主体で行っているのですが、『これまで飲食費は認められてきた』などと主張していると聞きました」”

”「ただ、悪質な申告漏れや所得隠しを指摘されたことは過去になく、今回もそのような指摘を受けておりませんし、修正申告をした事実もありません」”

”税務署との協議を続けているとは認めつつも、「悪質な」申告漏れではない、が球団側の見解ということになる。”

と球団が回答していることから、まだ修正申告はしてない、税務署と協議中ということなんですよね。

その情報が漏れるというのは、とてもとても問題は大きい。

可能性は低いですが、万一「素直に修正申告をしないとこういう目に合うぞ」という国税組織全体の脅しだとしたら、たちの悪い修正申告の強要であり『極めて悪質』だと言わざるを得ないです。

経緯を勝手に妄想すると

ここからは、勝手な妄想ですが、今回の経緯を予想すると

・渋谷税務署が売上に対する交際費の割合の高い個人事業主をピックアップし税務調査に着手

・さすがに年間2000万円の飲食代はどうでしょうね?と担当者が指摘

・いや、そんなのみんな今までも申告してたじゃん!と税理士が強く反発

・ムカついた担当者が、うっかり外部の知人に漏らす

・これを聞きつけた週刊誌が担当者本人にも確認をする

・その上でこんな話があるんですけどと球団に確認を求め、事実であると確認

・税務調査の担当者が直接リークしたとなるとまずいので「東京国税局のさる関係者」とぼやかす

そんなところじゃないかなと。

仮に誰が発信源だとしても、国税には守秘義務があるわけで、漏らさないから情報を隠さず出せと言われたのに、本人がその指摘に納得もしていない段階で外部にリークされたのであれば大問題。明らかに国税側の落ち度です。

顧問税理士としては、税務署長にクレームを入れる事案であり、少なくとも私だったらタダじゃ済まさない。

おそらく、個人の申告所得の規模的には、独立した決裁権者である特別国税調査官が担当であり、その人が漏らすとは思えないですが、申告内容については別としても、情報が漏洩したことについては平謝りしないといけないはずです。

結果的に、追徴課税すべき金額を大幅に減らすことでなんとか修正申告を納税者にしてもらうということが落とし所になるんじゃないかなと。

そういう点からしても、修正申告もしていない段階で、国税が組織的にリークをするのは、メリットよりもデメリットのほうが大きく、やはり、担当者個人レベルの情報漏洩の気がしますね。

と勝手なことを書いてますが、「一平さん」の時も、自称アメリカの金融精通者が、「スーパーハッカーじゃないとログインできない」だの「いや、富裕層には特別な口座があるのを知らないのか」などと散々訳知り顔なことを言ったものの、結局「本人のフリをした」という見当違いの話でしたから。

全く違って、「脱税で逮捕された」なんてときには、私もしれっとこの記事を消しておきます。

ということで、飲食代を年間2000万円も必要経費にツッコむのはどうよとは思いますが、それは「金額の程度」の問題であり、少なくとも悪辣だとの報道をするほど、悪質な申告漏れとは言えない。

むしろ、まだ修正申告をしていない段階でのリークだとすれば、相当大きな守秘義務違反であり、国税の組織的なものではないというのが、街の税理士の勝手な見立て。

うちも現在、二件税務調査が進行中ですが、税務署にこれ以上資料の徴求を求められたら「情報ダダ漏れで守秘義務も守れないような組織に怖くて資料を出せないよなあ」と「え?それ政治家にも言えるの?」に続き、またニヤニヤしながら、若手の担当者にイヤミを浴びせてやろうと思います。

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