【完全版】インボイス制度で免税事業者と取引をする課税事業者が採るべき方策フローチャート

インボイス制度のダメージは免税事業者だけでは済まない

2023年10月から始まる消費税のインボイス制度。免税事業者は今まで享受していた益税が吹き飛ぶだけではなく、仕入れなどに伴う消費税を自腹で負担しなくてはならないという致命的な大ダメージを喰らいます。

ただ、これは、課税事業者にとって対岸の火事ではなく、免税事業者を売り手とした取引をする買い手側の課税事業者にとってもコストアップにつながることもあります。

そこで、今回は、インボイス制度になった際に、免税事業者と取引をする課税事業者が採るべき方策をフローチャートでまとめてみることにしました。

独占禁止法での優越的地位の濫用に注意

これまでは支払先を問わず、課税売上獲得のための課税仕入についての消費税額は、消費税額の納付額の計算上控除(仕入税額控除)が可能でした。

しかし、インボイス制度になると免税事業者への支払いについては消費税の仕入税額控除ができなくなります。

そのため、免税事業者のままでは、売上についての消費税額の上乗せができなくなり、その分値引き要請がされることも予想されます。

では、買い手である課税事業者側が、免税事業者に対してインボイス制度導入を理由に消費税分の値下げを要請することは全く問題のない行為なのでしょうか?

買い手が売り手よりも優位な場合に、その地位を利用して正常な商習慣に照らして不利益を与える行為については、独占禁止法による「優越的な地位の濫用」として禁止されています。

では、インボイス制度導入を理由に、免税事業者に対して消費税分の値下げを要請することは優越的な地位の濫用には該当しないのでしょうか?

令和4年1月19日に公正取引委員会から「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」が公表されました。

その中で、このままの条件での取引では買い手の負担が増加することを理由に、売り手である免税事業者に対して取引条件見直しを行うことは問題はなく、双方納得の上で決まった金額であればよいとされていますが、その協議が形式的なものであり、相手が今後の取引への影響を考えて条件を飲まざるを得ないのに以下のようなことを行うと独占禁止法上問題となる恐れがあるとしています。

(1)免税事業者に仕入れの消費税が支払えないほどの値下げ要請をする

これは、売り手の免税事業者も仕入れに伴う消費税の支払いをしているのに、販売価格について消費税を上乗せできないと仕入れに伴う消費税の支払いが自腹になってしまう。なので、課税事業者はせめて免税事業者が仕入れに伴う消費税が納税できる程度の値下げ要請にせよということです。

例えば、売り手である免税事業者が110円(税込)で仕入れた商品を165円(税込)で売っていたとします。

買い手である課税事業者が、165円の支払いをすると今までよりも消費税分の15円(165円÷1.1×0.1)の負担が増えてしまうことを理由に免税事業者にその15円分の値下げ要請をすると、免税事業者が仕入れに伴う消費税10円(110円÷1.1×0.1)の支払いができなくなります。だから、課税事業者が免税事業者に値下げ要請をするのは15円ではなく5円だけにせよということです。

では、免税事業者の仕入れに伴う消費税10円は誰が負担するのか。

もし値下げ要請額を免税事業者の益税部分に留めるのであれば、免税事業者の仕入れに伴う消費税額だけ買い手の課税事業者のコストは増えることになるわけです。

(2)適格事業者になるよう要請したのに売り手の負担増を考慮した取引価格にしない

売り手である免税事業者に適格事業者になってもらえば、買い手である課税事業者は、今まで通りの金額を免税事業者に支払っても負担は変わりがありません。

そのため、売り手である免税事業者に対して適格請求書の発行ができるよう適格事業者の登録を取引継続の条件として要請することもあるでしょう。

しかし、その結果、免税事業者は今まではなかった消費税の納税の負担が生じます。

ですから、買い手が売り手である免税事業者に対して適格事業者登録を要請したのであれば、免税事業者の負担増加分がある以上、本体価格の値上げに応じる必要があるということです。

もし、免税事業者の負担増加分だけ本体価格を値上げしたとなれば、免税事業者の消費税の納税額だけ買い手の課税事業者のコストは増えることになるわけです。

(3)免税事業者が消費税全額の値下げ要請に応じないことを理由に取引を停止する

売り手である免税事業者が納得の上で値下げ要請に応じてくれればよいのですが、そうとはならないこともあります。

免税事業者が仕入れに伴う消費税を支払えないほどの値下げ要請を断ったことを理由にして、買い手である課税事業者が取引を停止することは独占禁止法上問題となる恐れがあるのです。

もちろん、売り手である免税事業者との取引について、インボイス制度の実施を契機として取引条件を見直すこと自体が、直ちに問題となるものではありません。

実際に決まった価格等の取引条件が双方納得のいくものであれば、インボイス制度による負担増をどちらがどれだけ負担するものであっても構いませんし、数ある仕入先の中から、適格事業者が取引先として選択されることを妨げるものでもありません。

ですが、取引先や取引条件の見直しに当たっては、買い手が優位な立場である場合、「優越的地位の濫用」とされるような一方的でぞんざいな通告ではなく、売り手の立場にも配慮した丁寧な交渉が必要です。

その結果によっては、インボイス制度を免税事業者だけが負担が増えるものと他人事のように思っていた課税事業者にもコストアップの可能性があるのです。

課税事業者側でコストアップしそうな事業

免税事業者との取引の多い課税事業者は、インボイス制度によるコストアップの可能性もあります。

例えば、次のような業種では免税事業者との取引が多く、影響が大きくなることが予想されます。

(1)建設業

建設業では、雇用をした社員だけでなく、「一人親方」という個人事業主と請負契約をしていることが見られます。

これらの「一人親方」は免税事業者であることが多いですが、これまでは相手が免税事業者であったとしても消費税の仕入税額控除が可能でした。

しかし、インボイス制度になると免税事業者からの仕入れについては消費税の仕入税額控除ができません。

その消費税相当額だけ値下げに応じてくれれば良いですが、中には、その値下げ要請にも、適格事業者登録の要請にも応じてくれないこともあるでしょう。

特に人手不足で代わりとなる適格事業者が見つからないという場合には、買い手である課税事業者側が、仕入税額控除ができなくなる分のコストを負担しなければならないこともあるでしょう。

(2)セミナー・講演主催業

インボイス制度になると、事業者が消費税の納付額の計算上控除(仕入税額控除)をするには、インボイス(適格請求書)がなければなりません。

セミナーなどの受講生は、個人の身分で参加する人だけでなく、業務の一環として参加をする人もいます。

その場合には、セミナー参加費については、自身の事業に必要な費用であるとして、法人税の損金算入と消費税の仕入税額控除を願うはずです。

今までは、セミナー申し込み確認のメールと口座振込の事実確認だけで、損金算入も仕入税額控除もしていたケースが多いでしょうが、インボイス制度では、セミナー主催者は受講者の求めに応じて受講料のインボイスの発行をする必要が生じます。

また、これまでは、登壇者への講演料・謝金については、相手が個人でも免税事業者であっても仕入税額控除が可能でしたが、今後は、適格事業者でなければそれらの支払いについては、仕入税額控除はできません。

通常の商取引で、相手が免税事業者のままであれば、消費税相当額の値下げを要請することになるでしょうが、講演は多くの場合、セミナー主催者から依頼をするものであり、講演料についてはキリの良い金額で謝礼として支払いがされることも多いものです。

それを、元々消費税込の金額だから、適格事業者でない以上、謝金から消費税分の値下げをするということが果たしてできるのかという問題もあります。

そのため、インボイス制度導入後も、従来どおりの謝金を個人や免税事業者に支払う場合には、消費税の仕入税額控除ができない分、セミナー・講演主催者の負担が増えることになるのです。

(3)不動産業

不動産業は自らが物件を賃貸したり、仕入れた物件を販売するだけでなく、物件の貸主である大家さんと借主であるテナントの間に入って不動産賃貸取引の仲介をします。

テナントが課税事業者である場合、今までは事業用の家賃や駐車場代について消費税の仕入税額控除ができていたものが、大家さんが免税事業者のままでは消費税分の負担が増えてしまうので、当然大家さんに家賃や地代の値下げの交渉をするはずです。

あるいは、インボイスが発行できるよう大家さんに適格事業者になってほしいという要望をするかもしれません。

ただ、大家さんの中には「適格事業者にはならない、家賃や地代もそのまま」という強気な方もいることでしょう。

そうなると値下げや適格事業者登録を求める借主さんとそれを拒否する大家さんとの間で不動産会社が板挟みになることもあるのではないでしょうか。

それだけではありません。もっと大変な場合もあります。

大家さんから借りた不動産を第三者に転貸することを「サブリース」といいます。

大家さんの不動産の管理を不動産会社に委託する場合、不動産会社が、その不動産を一括して固定額で借り入れた上で、第三者に不動産を転貸しすることで、その差額を不動産会社が実質的に管理料として収受していることも多々あります。

大家さんが「消費税分の値下げにもう応じないし、適格事業者にもならない」という場合、不動産の賃貸について「免税事業者のままだったら他の適格事業者に乗り換える」というわけにもいかないでしょう。

特に自己使用ではなく、第三者に転貸をしていたとすればなおさらです。

どれだけ家賃保証がされているかなど契約内容にもよりますが、その報酬は家賃保証をしても受け取る家賃の10%から15%程度であり、支払う家賃の家賃の10%近くもの消費税負担が増えるとなれば、サブリースの利益などほとんど吹き飛ぶか赤字にすらなりかねません

あくまでも、これらは一例であり、要するに売り手である免税事業者の立場が買い手よりも強い場合には、インボイス制度による負担増を課税事業者が負わなくてはならないということです。

免税事業者と取引をする課税事業者の対応フローチャート

このように免税事業者と取引を行う課税事業者については、売り手である免税事業者のほうが立場が弱い場合には独占禁止法に抵触しないよう丁寧な取引条件の変更を打診する必要がある一方、売り手である免税事業者のほうが立場が強い場合、コストアップの可能性もあります。

そこで、免税事業者との取引をせざるを得ない課税事業者はどのような対応を取るのが良いのかをフローチャート形式でまとめてみることにします。

(1)簡易課税制度を選択する

基準期間の課税売上高が5,000万円以下であれば、簡易課税制度の選択が可能です。

簡易課税制度を選択すれば、売り手として適格請求書の発行やその写しの保管の義務は生じますが、買い手としての仕入税額控除の要件としては、適格請求書は不要となります。

簡易課税によって、適格請求書がなくても仕入税額控除が可能であるというのであれば、売り手が免税事業者であったとしても従来どおり仕入税額控除が可能です。

売り手である免税事業者のほうが立場が強い場合で、値下げ要請や適格事業者登録の要請に応じてくれないとしても買い手側のコストが増えるわけではありません。

なお、売り手に対して自分が簡易課税を選択している旨を伝える必要はないので、売り手である免税事業者が納得をしてくれたのであれば、消費税分の値下げがされたとしても問題はありません。

簡易課税を選択すると、設備投資など多額の課税仕入が生じた場合、その選択によって負担が増加する可能性もありますが、免税事業者との取引が不可避である課税事業者については、簡易課税の選択によって、課税事業者側が負担すべきコストアップを回避することもできるのです。

(2)適格事業者+簡易課税の要請をする

売り手が従来どおり本体価格に消費税額を上乗せして請求をしたいのであれば、適格請求書が発行できるよう適格事業者に登録するよう要請をします。

それにより今までになかった経理処理の手間や消費税の納税負担が大幅に増加しますが、簡易課税を選択することでそれらの負担を軽減できる旨の説明もしましょう。

なお、買い手側の立場の方が強く、売り手の免税事業者がこちらの提案を飲まざるを得ない場合で、こちらから適格事業者登録を要請したのであれば、売り手の消費税負担増加に配慮するなど、独占禁止法に抵触しないような慎重な合意形成が必要です。

(3)消費税分の値下げ要請をする

簡易課税制度で負担が軽減されるとしてもどうしても免税事業者のままでいたいという売り手に対しては、消費税分の値下げ要請をします。

売り手が免税事業者であり続けることで買い手の課税事業者が値下げ要請をすること自体は独占禁止法上も問題はありません。

ただし、売り手の免税事業者が仕入れに伴う消費税を支払うことができないほどの値下げ要請の強要は独占禁止法上の問題となる恐れがあります。

仮に、免税事業者側が仕入れに伴う消費税の支払いはできるよう、免税事業者の益税分のみであれば値下げ要請ができるとすれば、サービス業など課税仕入の少ない事業者であればその仕入れに伴う消費税の負担も小さいく値下げの余地は大きいものの、卸売業など課税仕入の多い事業者であれば仕入れに伴う消費税の負担が大きく値下げ要請の余地も小さいことになります。

売り手側が仕入価格を明らかにすることは考えにくいですが、免税事業者の仕入れに伴う消費税負担に配慮しながらも、免税事業者の益税部分については本来国に納付されるべきものであり、このままではこちらのコストが大幅に増えることを説明し値下げに応じてもらうよう取引条件変更の打診をします。

(4)取引先変更の可否を検討

売り手が免税事業者のままであり、消費税相当額の値下げにも応じない場合、本当にその事業者との取引を継続しなければならないのかを冷静に検討をする必要があります。

あえてその免税事業者でなくても良いのであれば同じ金額を支払うことで消費税の仕入税額控除の可能な適格事業者との取引にシフトをします。

確かに、買い手のほうが売り手よりも立場が強い場合で、免税事業者の仕入れに伴う消費税額が支払えないほどの値下げ要請をし、その要請を断ったことを理由に取引を停止することは独占禁止法に抵触する恐れはあります。

ですが、数多くの取引先の選択肢の中で免税事業者との取引継続が強制されるわけでも、適格事業者との取引を禁止されるわけではないので、必然的に適格事業者との取引が増えていくことは経済合理的な判断としては自然なことだと言えます。

一方で、売り手のほうが立場が強く、消費税相当額の値下げ要請も適格事業者登録の要請もできないような場合には、買い手である課税事業者側でインボイス制度による消費税負担増を背負うことはやむを得ないでしょう。

なお、軽減税率の税率の対象品目であることと税率ごとの合計額の記載のされた「区分記載請求書等」と同様の事項が記載された請求書等及びこの経過措置の規定の適用を受ける旨を記載した帳簿を保存している場合には、次の表のとおり、一定の期間は、仕入税額相当額に一定割合をかけた金額を仕入税額控除できる経過措置が設けられています。

期間 割合
2023年10月1日から2026年9月30日 仕入税額相当額×80%
2026年10月1日から2029年9月30日 仕入税額相当額×50%

ということで、インボイス制度は、免税事業者に大きな影響のある改正だと思われていますが、買い手である課税事業者にとって、その立場が免税事業者よりも強い場合であれ、弱い場合であれ、その負担増のすべてを売り手の免税事業者に転嫁できない部分については、自らが負担せざるを得ないものであるということを理解した上で、対応を検討する必要があるのです。

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