10,000円未満インボイス不要の激変緩和措置で助かるのは誰か?|新たに課税事業者になる免税事業者の負担軽減はまずない

インボイス制度に激変緩和措置

2023年10月より、インボイス制度が導入されます。インボイス制度とは、消費税の納税額の計算上控除(仕入税額控除)をするためには、登録した事業者の発行する「インボイス」という一定の要件を満たす請求書等が必要になる制度です。

消費税の納税額の計算上、仕入税額控除を認めているのは、一つの商材が複数の事業者の手を渡って消費者の手元に届く場合に、それぞれの事業者が売上に伴い受け取った消費税を納税してしまうと重複して納税がされるため、その重複を排除するためのものです。

つまり、仕入税額控除は、消費税を納税している事業者からの仕入れ等だけを対象にすべきであり、相手がちゃんと納税をしているかの証明が必要になります。

そのための証明書がインボイスなのですが、日本の消費税は導入のしやすさを優先するため、事務負担を軽減できるよう仕入れた相手が誰かは問わないという簡便的なルールにしたのです。

その結果、消費税の納税義務のない免税事業者からの仕入れ等についても仕入れ税額が控除となることで過剰な控除がされることで、消費者の負担した消費税が国に届かないで事業者の手許に残ってしまう問題が生じていました。

消費税導入時は消費税率は3%で、「消費税は不平等で憲法違反である」とされた裁判でも「導入のしやすさを考慮すればこの簡便的な措置とそこから生じる益税は不合理であるとまでは言えない」とされたものも、今では消費税率は10%になることから、そろそろ仕入税額控除には証明書を必要とする正規の方法にしようとされたということです。

しかし、30年以上も現行法に慣れた免税事業者はこの変化に対応ができないとのことで、導入まで1年を切る中、少額の取引であればインボイスは不要という「激変緩和措置」の導入を検討しているとの報道がありました。

そこで、今回は、報道された「激変緩和措置」がどんなもので、誰にとってメリットがあるのかについてまとめてみようと思います。

適格事業者になることで生じる負担

適格事業者になることで消費税の申告納税義務が生じる

インボイスとは売り手が発行する「この金額の消費税を納税する」という証明書のようなものですから、消費税の納税義務の免除された免税事業者はインボイスを発行できません。

もし、免税事業者が、インボイスを発行したいのであれば、まずは消費税の納税をする課税事業者を選択した上で「適格請求書発行事業者」(適格事業者)の登録をする必要があります。

つまり、免税事業者が適格事業者になることで今まで必要のなかった消費税の集計と消費税の申告納税の負担が生じることになります。

売り手としての負担

適格事業者になると買い手の求めに応じて必要事項を記載したインボイス(適格請求書)を発行し、そのインボイスを一定期間保存する必要があります。

適格請求書には、次の事項が記載されていることが必要です。

① 適格請求書発行事業者の氏名又は名称及び登録番号

② 課税資産の譲渡等を行った年月日

③ 課税資産の譲渡等に係る資産又は役務の内容(軽減税率対象の場合である場合その旨)

④ 課税資産の譲渡等の税抜価額又は税込価額を税率ごとに区分して合計した金額及び適用税率

⑤ 税率ごとに区分した消費税額等

⑥ 書類の交付を受ける事業者の氏名又は名称

現在は、インボイス制度導入への移行期間として従来の「請求書等保存方式」をベースにした「区分請求書等保存方式」というものが用いられています。

インボイス制度になるといっても、全く違う形式の請求書が必要なわけではなく、現在の方式の記載事項に加えて

①登録番号

④軽減税率とそれ以外ごとの税込または税抜での合計金額と税率

⑤軽減税率とそれ以外ごとの消費税額

を書き加えるだけです。

軽減税率の商材は酒類を除く食料品と定期購読の新聞だけですので、大半の事業者は、従来の請求書に今まで書いていなければ消費税額とその計算根拠をきちんと書き、適格請求書発行事業者としての登録番号を記載するだけということになるでしょう。

買い手としての負担

消費税の仕入税額控除を受けるためには、売り手の発行したインボイスを一定期間保存する必要があります。

簡易課税制度選択で負担は大幅に削減

消費税法は税理士も悩むほど複雑であり、今まで消費税の集計・申告に携わったことのない小規模な免税事業者にとっては、その事務負担は大きいものになるでしょう。

そこで、基準期間(原則として2期間前)の消費税の課税対象となる課税売上高が5000万円以下の事業者はその消費税の申告額を簡便的に計算できる「簡易課税制度」を選択できます。

これは、事業者の消費税の納付額は、売上に伴い受け取った消費税額から仕入れに伴い支払った消費税額を控除(仕入税額控除)する際の仕入税額控除の金額を概算でも良いとする方法です。

仕入税額控除の金額を概算でも良いとされるということは、実際に仕入れ等の伴い支払った消費税額を集計しなくても良いということです。

その買い手として仕入税額控除の金額を集計するために必要なのがインボイスですから、簡易課税を選択した時点で面倒な買い手としての義務が全くなくなるということです。

つまり、簡易課税を選択さえすれば、適格事業者になったからとして生じる買い手としての事務負担は一切生じないということです。

その上、概算で計算される仕入税額控除の額は、売上に伴い受け取った消費税額に業種ごとに定められた「みなし仕入率」というものを掛けた金額とされます。

このみなし仕入入率というのがメチャクチャ納税者に甘い。インボイス制度反対の声を上げるフリーランスのライターなどはサービス業(第五種)とされ、そのみなし仕入率は50%とされます。

例えば課税売上高(税抜)800万円のライターやデザイナー、エンジニアなどサービス業とされるフリーランスの場合、実際に支払った仕入額には関わりなく、自動的に40万円(800万円×10%×50%)の仕入税額控除がされます。

これらの業種は現実に消費税の支払いをするような仕入れは少ないはずです。

仮に仕入れに伴う消費税が全くなければ、80万円(800万円×10%)の消費税の納税をしなければならないところを、40万円の消費税の負担で済むわけですから、簡易課税の選択により大幅に税負担は軽減されるということです。

そうなると、免税事業者が泣く泣く適格事業者になったとしても、簡易課税さえ選択すれば、面倒な買い手としての事務負担からは開放された上に、消費税の納税額も原則的な納税額よりも大幅に減らす余地があるということです。

それでも、売り手としての事務負担は残ります。

しかし、今までまともな請求書、領収証を発行していれば、登録番号を加えるだけのことが多く、Excelで請求書を作っているのであれば、フォーマットに一行登録番号を加えるだけですし、手書きで請求書を作成しているのであれば、その請求書に手書きで登録番号を書き加えたり、それも面倒なら登録番号を記載したゴム印を作って、ペタペタ押せばOKなんです。

また、今までも請求書を発行してない、全て得意先に任せているというような事業者であっても、その買い手が発行する仕入明細書でもインボイスとなるのです。

ですから、少なくとも、免税事業者が適格事業者になったとしても、簡易課税を選択することで、その事務負担が増えるのはごく僅か。

反対派の言うような「膨大な事務負担で創作活動ができなくなる」ということはないでしょう。

インボイス制度になると簡易課税のメリットがやたらとデカくなるぞ

例外としてインボイス不要の取引

インボイス制度では、仕入税額控除を受けるためには、原則としてすべて「インボイス」が必要となります。

しかし、物理的に一々インボイスのやり取りをするのは無理があるという場面もあるため、以下のものについてはインボイスは不要であると定められています。

①3万円未満の公共交通機関(船舶、バス又は鉄道)による旅客の運送

② 出荷者等が卸売市場において行う生鮮食料品等の販売(出荷者から委託を受けた受託者が卸売の業務として行うものに限ります。)

③ 生産者が農業協同組合、漁業協同組合又は森林組合等に委託して行う農林水産物の販売(無条件委託方式かつ共同計算方式により生産者を特定せずに行うものに限ります。)

④ 3万円未満の自動販売機及び自動サービス機により行われる商品の販売等

⑤ 郵便切手類のみを対価とする郵便・貨物サービス(郵便ポストに差し出されたものに限ります。)

⑥古物営業、質屋又は宅地建物取引業を営む事業者の販売用資産としての買い取り

⑦従業員等に支給する出張旅費等

インボイスがなくても仕入税額控除が可能なのは?

激変緩和措置の内容

議論はこれからで詳細は全くわかっていませんが、2022.11.17の共同通信、2022.11.18の日本経済新聞の報道によると

政府は「新たに適格事業者になった事業者の負担を軽減するため」に激変緩和措置をとるとのこと。

まだ、具体的な金額は、たたき台レベルですが

・会計システムの導入が浸透するまでの当面の間

・課税売上高1億円以下の事業者については

・10,000円未満の取引についてはインボイスがなくても仕入税額控除が可能

とされるというものです。

現行法でも、「3万円未満の取引については、請求書等の保存がなくとも帳簿の記載のみで仕入税額控除は可能」とされています。

インボイス制度では、少額の取引であっても原則すべてインボイスは必要であるとして、この現行法のルールは廃止されることになっていました。

ですが、ごく小規模の事業者の中には、会計システムの導入がされず、未だに手書きの帳簿も多く見られるため、課税売上高が1億円以下(など)の事業者については、会計ステムの導入が浸透するまでの当面の間は、10,000円未満(など)の少額の取引については、インボイスはなくても仕入税額控除は可能という激変緩和措置の導入が検討されているとのことです。

現行の「3万円未満不要」の代替として機能も

これによって、一定期間、中小の事業者は、一々少額の物品を購入するのに、購入の場面でも、その店がインボイスが発行できるのかどうかを気にする必要もなく、経理処理の場面でも、そのような判定をすることなく消費税の控除ができるようになるということでしょう。

税理士としては、今まで3万円未満の取引については請求書等の保存が不要という例外措置はたしかに便利で、それがなくなることで面倒なことになるとは感じていましたので、10,000円未満でもインボイスが不要になるとなれば、それなりに経理処理はラクになるだろうとは予想しています。

なにせ、上記のインボイス不要の例外のところにある「3万円未満の自動販売機及び自動サービス機により行われる商品の販売等」だって、

・ジュースの自販機、コインロッカー、ATMの利用料金などはインボイス不要

・セルフレジ、映画の自動券売機、ネットバンキング、コインパーキングの利用料金はインボイスは必要

なんて私もよく区別がつかない。それが、「御社は、10,000円未満の少額決済ならインボイス要らんですよ」と説明できるのであれば、それはそれでまあいいかなと。

しかし、それを、わずか数年だけ毎期課税売上高をみて「ああ、今年はインボイスいらないけど、来年からはインボイスもらってください」などの判断が必要になるのであれば、かえって混乱を生むことになることも予想されるでしょう。

新たに適格事業者になる事業者で助かる者はほぼいない

新聞報道では、政府は「新たに適格事業者になった者の事務負担を軽減する」ことが激変緩和措置だと言っています。

新たに適格事業者になった免税事業者とは課税売上高が1,000万円以下であることから、ほとんどのケースで簡易課税の選択ができるはずです。

日経新聞の報道では、「会計ソフトの導入がされない小規模事業者は、インボイスを一つ一つ集計をしなくてはならない」とされていますが、簡易課税を選択すれば、そもそも買い手としてのインボイス制度の事務負担はほぼなくなるんです。

なので、この10,000円未満の激変緩和措置は、免税事業者がやむなくインボイスを発行できる適格事業者になったような事業者には、「大きな屋根の下に小さい屋根を作った」ようなものであり、事務負担の軽減にはつながらないでしょう。

事務負担が軽減されるのは、課税売上高が1億円以下で原則課税による申告をする課税事業者のみなのです。

免税事業者のままでよい事業者が若干増えるだけ

では、どんな人がこの激変緩和措置で助かるのか?

政府のいう「新たに適格事業者になった者」ではなく、免税事業者にならざるを得ないと思っていたが、やっぱりならなくてもいいという事業者が若干増えるのではないかということです。

具体的には、1つあたりの単価の低い商材を売っている小売店である免税事業者くらいではないかと。それが消費者相手のビジネスであればそもそもインボイスを求められないので、すぐに思いつくのは、事業者が購入をする街の小さな文具店くらいでしょうかね。

【完全版】免税事業者はインボイス制度にどう対応したらいいのかフローチャート|避けられないダメージを最小限に抑えよ

この激変緩和措置は、高まるインボイス制度導入の声に対応したということでしょう。しかし、その反対運動の中心となったエンタメ業界やフリーランスが、この激変緩和措置で助かることは考えにくいです。

日経新聞の記事で書かれていた「これで免税事業者が取引を打ち切られる心配がなくなる」と言うのは、違うのではないかと。

「うちは、請求書をすべて10,000円未満に分割するので、免税事業者のままでも消費税の控除は可能ですよ」というセールスを受ける買い手側の課税事業者はそれほど多くはないでしょうからね。

むしろ、インボイス制度反対派が掲げる理由を財務省が一つ一つ潰していっているかのようにも思えるのです。

インボイス制度導入は免税事業者にキツいのは確かだがこれだけ特別な配慮もされている

税理士は、ぶっちゃけ直接的にも間接的にも免税事業者制度の受益者の一人であり、自身の損得だけを考えればインボイス制度導入はイヤですし、少しでもその金銭的な負担や事務負担が軽減されるのであれば、まあ直前の改正とはいえ「あり」なのかなとホンネでは思います。

しかし、「現行法とインボイス制度ではどちらが正しいのか」と問われれば、現行法には大きな矛盾があり、インボイス制度が正しいのは誰の目からも明らかですし、今回の激変緩和措置もインボイス制度の趣旨からすると筋の良い制度だとは思えません。

そんな悩ましい状況の中、自分自身はイヤでも、顧問先のダメージが最小になるような最適解を冷静に検討しているわけです。

一度は「もう適格事業者+簡易課税で手を打つしかない」と諦めたのに、インボイス制度導入直前になってもこんな「蜘蛛の糸」を垂らすかのようなこんな心を惑わす改正が続くと「苦悩する敗戦処理投手」の悩みはつきません。

*この「10,000円未満インボイス不要」とは別に、新たに課税事業者となった免税事業者は3年間、その消費税の納税額を売上消費税の2割とする激変緩和措置の導入も検討されているようです。

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