退職金課税強化案、一番最初にやられるのはiDeCoだった|国が推奨する制度でも後出しの税制改正リスクを今後は織り込む必要あり
目次
見送りになったはずの退職金課税見直しだったが
これまでも、何度も税制改正の議論に上がっては、見送られてきた「退職金課税強化」
年収103万円の壁をどうするのかが優先されたのか、2025年度税制改正では見送り、2026年度税制改正での検討事項となったとの報道があったものの、蓋を開けてみたらしっかりと2025年度税制改正大綱に明記されていました。
退職金の課税は、長期間勤務すればするほど優遇措置が拡大することが人材の流動化を阻害しているとの批判から、勤続年数が20年を超えた部分の退職所得控除の割増について改正がされるのかと思っていたところ、今回改正されたのはそこではない。
では、どんな改正がされたのか。それは、iDeCoの課税見直しだったようで。
そこで、今回は、2025年度での退職金課税強化とその影響を見ていきたいと思います。
退職金の課税優遇措置とは
会社から支給される退職金は、給与の後払い的な性格を有するものの、老後の生活費に充てられることも多いことから、その課税については、給与に比べて、以下のような優遇がされています。
(1)退職所得控除
所得税・住民税の課税対象となる「退職所得」の計算では、もらった退職金から、勤続年数に応じた「退職所得控除」を差し引くことができます。
退職所得控除 | |
勤続年数20年までの部分 | 1年につき40万円 |
勤続年数20年超の部分 | 1年につき70万円 |
(2)課税所得の1/2課税
さらに、退職金は、たまたまもらうもので、毎年もらうものではありません。
税金は、その税金を負担する能力に応じても課税されるという考えから、毎年もらえるお金よりも、たまたまもらったお金は、その税負担を軽減するものとされています。
そのため、この退職金については、課税対象となる退職所得を計算する場合、もらった退職金額から退職所得控除を差し引いた金額に、さらに1/2を掛けることとされています。
(3)退職所得の分離課税
所得税は課税対象となる金額が大きくなるに連れ、課税される税率が高くなる超過累進税率が採用されています。
退職金は、これまでの勤務に対する一時金であるため、高額になりやすく、他の所得と合算されると、適用される税率が高くなりがちです。
そこで、退職金については、給与所得や不動産所得などとは合算されることなく、退職所得のみで、分離して課税がされます。
この3つの優遇措置により、退職金は、他の所得に比べて、大幅に税負担が軽減されているのです。
リアルな税負担軽減策は退職所得としての受給回数を増やすことに
巷では、やれ「支払額が全額損金になる」などという節税商品が跋扈していますが、支出時に損金になったものは、入金時には益金になるので、その商品に加入してもしなくても、利益も税額もトータルでは同じ。
入金時に課税がされるので、税金の支払い時期を延期しただけであり、トータルの税負担を軽減する効果はありません。
単なる支払期限の延期ではなく、リアルに税負担が軽減される節税対策として残っているのは、退職金課税くらいであり、その受給回数をいかに増やすかが、手取りを増やすことといってもよい。
中には、退職金受給を絡めた節税効果を謳うものもありますが、その節税商品加入により、退職金としての受給回数が増えないものは、退職金の節税効果をその節税商品の効果のように誤認させるインチキだといってよいでしょう。
iDeCoの節税効果も退職金課税優遇によるもの
個人型確定拠出年金(iDeCo)も、掛金が全額所得控除、運用益非課税、退職金課税の3つの税金優遇措置があるように語られます。
しかし、掛金が全額所得控除になるということは、もらったお金は全額課税対象になるということであり、運用益非課税というもの間違いで、単に運用期間中は課税をせず、もらったときにまとめて課税をするというのに過ぎません。
いわば、税金というゴミを”ほうき”で後ろに掃いているだけであり、税負担を軽減するには、そのゴミを受け止める”ちりとり”が必要です。
そのちりとりこそが、退職金課税であり、iDeCoの節税効果も実はこの退職金課税の優遇に依存をしているということ。
ですから、この退職金課税が強化されると、iDeCoの期待した節税効果が吹き飛ぶこともあるということなのです。
退職金の手取りを最大にするには勤続期間を重複させる
退職金の受給回数を増やすことのメリットは、退職金の「退職所得控除」「1/2課税」「分離課税」という3つの課税優遇措置をその都度利用できることです。
実は、AとBという会社に、同時に役員に就任し、A、Bそれぞれから退職金をもらった場合、就任期間に重複があっても、それぞれの勤続期間に応じた退職所得控除を受けることができます。
これはiDeCoも小規模企業共済も同様です。会社の役員をしながら、これらに加入すれば、どれもが勤続期間(=加入期間)として重複した控除が可能なのです。
しかし、あまりに短期間で複数回の退職金受給が行われた場合には、勤続期間の重複は認められないものとされています。
この勤続期間計算の重複が認められない期間は、iDeCoはその受給した年の前年19年内、それ以外はその受給した年の前年4年内ということです。
つまり、社長が、iDeCoを60歳、小規模企業共済を65歳、会社からの退職金を70歳以降とそれぞれ5年間、間を開けて受給することで、退職所得控除の勤続期間を”三重取り”しながら、三回も有利な退職金受給をするということができるのです。
iDeCoの重複排除期間が前年4年から前年9年に
この退職金課税については、同じ会社に長期間勤めることでもらう退職金についての税金がより優遇されることから、転職意欲を阻害しているとして、何度もその改正の議論がされていました。
その際に、言われていたのが、「勤続年数20年超の部分について、退職所得控除を40万円から70万円に割増をするのは、どうよ」ということであり、それはいずれ改正される。ひょっとしたら2025年の税制改正にも盛り込まれるかもしれないと予想はしていました。
しかし、2025年税制改正で明記されたのは以下のようなことです。
これは、先ほど説明した、「他の退職金が先、iDeCoが後の場合、iDeCoでの一時金をもらう前年19年以内に他の退職金があった場合、iDeCoでの一時金ももらう時に退職所得控除の重複が制限される」というものではなく、「iDeCoが先、他の退職金が後の場合」です。
もし、会社などからの退職金をもらう前年4年以内に別の退職金をもらっていたら、二回目の退職金受給時に退職所得控除の重複に制限があるというルールを、一回目の退職金についてiDeCoなどの確定拠出年金による一時金をもらっていた場合、その期間は前年4年以内ではなく、前年9年以内に延長するというものです。
これって、わざわざ、iDeCoなどの確定拠出年金を他の退職金以上に課税を強化したということですよね。
具体的には、iDeCoや企業型DCを60歳で退職金として受給をしているのであれば、69歳までに小規模企業共済や会社からの退職金をもらった場合、その時の退職金の退職所得の計算上、iDeCoのときに使用した退職所得控除は重複して使えないということであり、二度目以降の退職金の受給時に、これまで期待していた時と比べて大幅に税負担が増える可能性があるということです。
60歳でiDeCoをもらった後で別の退職金をもらった時の影響
例えば、40歳から60歳まで掛けたiDeCoを60歳のときに一時金として8,000,000円をもらった社長が、40歳から65歳まで掛けた小規模企業共済を15,000,000円もらったとします。
改正前の税負担合計
(1)iDeCoを受給した時
退職所得
=退職金8,000,000円ー退職所得控除8,000,000円(40万円×20年)=0円
所得税・住民税 0円
(2)小規模企業共済を受給した時
退職所得
=退職金15,000,000円ー退職所得控除10,000,000円(40万円×25年)=5,000,000円
=5,000,000円×1/2=2,500,000円
所得税・住民税 約500,000円
改正後の税負担合計
(1)iDeCoを受給した時
退職所得
=退職金8,000,000円ー退職所得控除8,000,000円(40万円×20年)=0円
所得税・住民税 0円
(2)小規模企業共済を受給した時
退職所得
=退職金15,000,000円ー退職所得控除2,000,000円(10,000,000円ー8,000,000円)=13,000,000円
=13,000,000円×1/2=6,500,000円
所得税・住民税 約1,300,000円
つまり、今回の改正により、約800,000円の税負担が増えるということです。
仮に、iDeCo加入時の平均の所得税・住民税の税率が30%とした時、毎年250,000円を拠出していた場合の掛金が全額所得控除になることの税負担軽減効果は、合計で約1,500,000円(250,000円×30%×20年=約1,500,000円)です。
時期が異なるので単純な比較はできないものの、改正後でもまだiDeCoの効果が全くなくなるということではなさそうです。
とはいえ、加入時に期待していた節税効果が、後からの改正で大きく目減りする可能性は高いということは事実です。
なお、これは、小規模企業共済だけでなく、企業からの退職金をもらう場合であっても、全く同じ。
iDeCoを一時金でもらってから10年以内で退職一時金をもらった場合、その時点での税負担が増える可能性があり、実質的にiDeCoの節税効果が大きく目減りする可能性があるということです。
回避策はiDeCoを年金形式でもらうことだが
そうなると、退職金の受給のタイミングを調整しやすいオーナー社長であれば、iDeCoを60歳で受給、小規模企業共済を老齢給付として70歳に受給、自社からの退職金を75歳以上でもらうことで、なんとか退職所得控除の重複排除を免れることはできます。
しかし、自分では退職金の受給のタイミングを調整できない会社員や公務員の場合には、iDeCoの重複排除期間10年に伸びたとなれば、高い確率で、その期間で会社などからの退職金と重複します。
さすがに70歳以降定年の会社はまだまだ少数でしょう。
では、その際の課税強化の影響を回避する方法はないのか。
それは、iDeCoを年金形式で受給するということです。
iDeCoを年金形式で受け取った場合、民間の生命保険による個人年金とは異なり、公的年金による雑所得として課税がされます。
この公的年金による雑所得については、その年金額に応じた公的年金控除(65歳未満は最小60万円、65歳以上は最小110万円)というものがあり、iDeCoに対する課税は、軽減はされるでしょう。
ですが、厚生年金も一緒に受給をすると、両者は合わせて公的年金控除が適用されるため、厚生年金の金額次第では、やはりiDeCoの節税効果は大幅に吹き飛ぶことも予想されます。
そのダメージを可能な限り減らすには、厚生年金の受給額を踏まえて、iDeCoの受給期間を60歳からの5年間に短縮したり、厚生年金を繰下げ受給をするなどの工夫が必要になるわけです。
国が推奨する制度でも信用はできなくなってきた
これまでも、iDeCoのデメリットとして、60歳まで解約はできないが、受け取る時点という”出口”までに退職金課税の税制改正があるかもしれないとは伝えてきてはいました。
しかし、内心では、「いくら退職金課税が強化されるにしても、国が勧めたiDeCoや小規模企業共済については例外とするなどとして、そのメリットを後から削るようなことはないはず」と考えていたのです。
ですが、重複排除期間を5年から10年に延期した理由が「定年の引上げ等により退職一時金の受給年齢が65歳以降となるケースが増加しているから退職所得控除が重複してズルい」ということであり、端っから、国は、会社から退職金をもらう会社員に対しては、iDeCoとの退職所得控除の重複した適用は望ましいことではないと考えていたということです。
なお、2025年の税制改正大綱でも以下のように言っています。
言っていることはまともであり、「支出時に損金になったものは入金時に益金になる」という税法の原理原則にも合致します。
勝手にFPや税理士が、「すでに小規模企業共済に加入していたり、会社から退職金がもらえるとしても、一定期間を開ければ、iDeCoは退職金として受給できるのでおすすめです」と言ってただけということでしょうか。
あれだけ、iDeCoを掛金は全額所得控除になって、もらったときにも退職金だからほとんど課税はないよと国もアピールして、”入口”では加入を勧めていたのに、そもそも、iDeCoで税負担軽減した分、”出口”の会社からの退職金をもらうときに課税をすれば良いと考えていたとしたら、それは許しがたいなと。
せめて、「これからの加入分については、規制を強化する」など、加入者がその加入する”入口”の時点で、損得を正しく決断できるようにしておかなくてはいけない。
なにせ、iDeCoは一度加入したら、60歳までは解約ができないわけで、サッカーの試合の途中で「ルール変更!これまでの得点はなし!」と審判に言われるようなものです。
これが、法のバグをつくような租税回避策であれば、後からの封じ込めもやむを得ないものの、自分で勧めておいて後から裏切るのはさすがにどうでしょう。
後からiDeCoの課税を強化するというのであれば、回避策として検討している年金形式の受給にしても、公的年金控除は過去には縮減されており、また縮減される可能性は十分あるわけですよ。
となれば、やはり、国がいくら魅力的なことをいったとしても、iDeCoについては、入口の掛金全額控除に浮かれるのではなく、どうやってもらうのかという出口まで気を抜いてはいけないし、それまでに税制改正はありうるという前提でこの制度を考えないといけないということですね。
それのみならず、いくら政府が「資産運用立国を目指す」と今後さらに投資をすることの優遇措置を打ち出しても、「どうせ、また後出しジャンケンで課税をするための餌だろ」という穿った見方を全否定できなくなったということです。
これまでも、FPや税理士は、「まあ、確かに制度改正のリスクはありますけど」とそんな”陰謀論”をなだめながら、iDeCoやNISAを勧めてきたわけですが、完全にはしごを外されたわけで、今後は、「国が勧める制度であっても、後出しの制度改正のリスクはある」とブレーキを掛けながら、勧めざるを得なくなったということですね。
それが、今回の「iDeCo改悪」の税負担増加額以上に大きな悪影響だと言えるでしょう。
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